DTH

 砕けたガラスが、太陽の光を反射しながらマージに向けて降り注ぐ。
 それは綺麗な輝きを持った凶器だった。どこか非現実的なその光景を、オレはあっけにとられて見つめていた。
 英雄が駆け出す。
 自分に降り注ぐガラスを見つめて呆然とするマージを抱き寄せて、かばうように覆いかぶさった。
 ガラス片が英雄の腕を掠めた。赤い直線のラインが引かれていく。
 頬も、背も。
 足元で砕け散るガラスのせいで、マージの足にも血が滲んだ。
「マージ!英雄!」
 ハンズスが叫んだ。
 ガラス片が床のあちこちに散っている。まるでカーペットのようにそこに敷き詰められ、きらきらと反射しあっていた。
 英雄はマージを抱きしめたまま動かない。
 マージも、動こうとはしなかった。
 見上げると、吹き抜けのてっぺんから黒い煙が上がっていた。ガラスはほとんど落ちきったらしい、けど、鉄柱が嫌な傾きを見せている。ぐらついて、今にも落ちそうだ。
「ハンズス、あれ…」
 促されて上を見たハンズスが顔色を変える。
「そこを離れろ!」
 言われた英雄は微動だにしなかった。
 マージを抱き寄せた姿勢のまま、厳しく前方を見据える。
 視線の先に、英雄に銃を向けたシンヤが立っていた。
「動けば撃つ」
 シンヤの声にマージがぴくりと反応する。
「マージは関係ないだろ。行かせてやれ」
 英雄が答えると、マージが顔を上げた。
「英雄…」
 英雄がわずかに微笑んだ。
 マージの頬についた傷を、惜しそうに撫でる。
「行くといい」
「嫌…まだ、なにも聞いていない」
 マージが首を振った。
「マージ」
 英雄が言い聞かせるように言った。
 抗議の瞳を受けて、仕方なさそうにため息をつく。紡がれた言葉は、マージを絶望のどん底に叩き落すのに十分な破壊力を持っていた。
「本当だ、僕が父さんを殺した」
 硬直するマージに、英雄は微笑んだ。
「うそ…うそ、うそ」
 呟くマージの頬を撫でる。
「だから傍には居られない。僕は君を傷つける」
 マージの瞳に涙が溜まる。英雄はそれを愛おしそうに見ていた。
「さ、行くんだ」
 マージは恐々とシンヤを振り返った。
 シンヤが相変わらずの無機質な瞳で見つめ返す。
「…シンヤ君…」
 無言が、シンヤの返答らしかった。
 それを了承と受け取った英雄が、マージの背を押して促す。
 天井の鉄柱がきしりと音を立てた。
 促されたマージがゆっくりと歩き始めた。ぱきりと小さな音を立ててガラスが砕ける。
 英雄がその背中からシンヤの銃に目を向ける。もう切り替えたらしい。さっきまでのマージに向けていた瞳とは違い、どこか好戦的な光が宿っていた。
 カシャリ。
 カチ。カシャ。
 小さなガラス片がマージに踏まれるたびに高音を上げた。
 マージは背を向けていたから、英雄は知らなかったんだ。
 マージが、どんな表情で歩いていたのか。絶望と、不安と、信じたいという気持ちと、それまでの思い出が、全部全部その時マージの中で渦巻いていたのに。
 英雄はその時もうマージを見てはいなかったから。
 カシャ…。
 マージが歩くのをやめて、英雄を振りむく。
 鉄柱が軋んで、ボルトが弾け飛ぶ音がした。

 ついにバランスを崩した鉄柱に、誰もが気をとられた。
 一瞬のことだったから、あまり覚えていないけど、その時英雄は笑ったように思う。
 残酷さが潜むような冷たい笑い方だった。
 シンヤはそれでも英雄を睨み続けていたけど、瞬きした次の瞬間、英雄が銃を持っていたのに目を見開いた。
 引き金を引こうとする英雄の腕にマージが抱きつく。
「だめえ!」
 英雄が驚いたようにマージを見た。
 動きを止めた二人の上に、鉄柱が落ちてきた。
 
 衝撃で粉塵が店内を舞う。ガラスの破片が宙を舞って、ハンズスがオレをかばって抱きしめた。
 モールの中央に現れた新しいオブジェと言って差し支えなさそうな巨大な鉄柱は、見事に倒れたモニターを突き破って床に突き刺さっていた。
「マージ!?」
「英雄!」
 ハンズスと声を上げながらそこに駆け寄る。
 シンヤは、と見るともうどこにもいない。逃げたのか?
「マージ!」
 ハンズスがマージに駆け寄った。
 モニターの横で呆然と座り込んでいる。その服にべっとりと血がついていた。
「ケガをしたのか!?大丈夫か!英雄は!?」
 言いながらハンズスが上着を脱ぐ。
「あ、たしは大丈夫…英雄が」
 英雄が助けてくれた、とマージは小刻みに震えながら言った。
「英雄は?どこだ!マージ!」
 ハンズスが叫ぶ。英雄はどこだ?
 その時、マージの目が、一点を見ているのに気づいた。
 視線を辿る、その先にあるもの。
「ハンズス…」
「なんだ!?」
 いらついたハンズスが振り返る。
 オレの指差す先を見て、ハンズスが息を呑んだ。
 倒れたモニターと鉄柱の隙間から、英雄の白い手が見えた。

 
 駆けつけたレスキューに助け出された英雄は怖いほど顔色がなくて、ぐったりしたままだった。赤い血がシャツに広がっている。
 大丈夫だからとハンズスがオレに言う、その声も震えていた。
 手を強く握られながら、救急車で搬送される英雄を見送る。
 たぶん、今、オレの唇は真っ青なはずだ。
 
 路上に放置された救急車が発見されたのは、それから15分後だった。
 犬の散歩をしていた老婦人が不思議がって覗き込んだらしい。
 中には救急隊員の死体が転がっていて、搬送されていたはずの患者は消えていた。
 英雄が、消えていた。


第24話 END
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