DTH

第25話 「彼に関する考察」

 玄関の扉を開けるときに、少し期待した。
 英雄がいるかも知れないと。
 なんでもなかったように笑って出迎えるかもしれない。それくらいはやりそうだと思った。
「どうした?」
 なんて言って、笑顔で出迎える。
 玄関を開ける。
 がらんとした居間の前で立ちすくむオレの肩に、ハンズスが手を置いた。
 英雄がどこに行ったのか、さっぱりわからない。
 最後に見た英雄は、蝋のように白い顔で嫌でも死を連想させた。
 そんなわけないと自分に言い聞かせる、言い聞かせる。
 大丈夫、大丈夫。
 根拠のないそれは、暗示に近かった。
 それでもオレには必要だったんだ。でなきゃ自分が立っていられる自信がない。

 英雄が消えたことを聞くと、ダルジュは死ぬほど苦そうな顔をした。
「ガイナスの前で意識を失ったんだろう?連れて行ってくださいと言わんばかりに。馬鹿な子だ」
 セレンが事も無げに言う。
「英雄の、ケガの具合は?」
 アレクがハンズスに聞いた。
「モニターと鉄柱のわずかな隙間にいたらしい。見た目じゃ外傷は無かった。出血があったはずだから、内臓をやられたかもしれないが」
 ハンズスがオレに気遣いながら答える。
「それで、私達を呼び集めて、どうしろと?」
 セレンが試すようにハンズスを見た。嫌なことを聞く、とハンズスが眉をしかめる。
「手を貸してほしい」
「嫌だ」
 即答したのはダルジュだ。
「あいつの甘さが原因だろ?巻き込むだけ巻き込んで、自爆とは笑わせるぜ」
 馬鹿らしいと言って席を立つ。
 出て行こうとするダルジュの前にアレクが立ちはだかった。
「なんだよ」
 ガンを飛ばすダルジュを無言で見下げる。
 険悪な空気が流れた。
「いいじゃないか、ダルジュ。こちらのエリートさんの言うことを聞いてやろう」
 そう言ったのはセレンだ。
「ふざけ…!」
 抗議しかけたダルジュに冷えた一瞥をくれる。死ぬほど不服そうに、ダルジュが言葉を飲み込んだ。
「この子を預かってやる。それでいいな?」
 セレンが言ってオレの手を引いた。
「は?」
 事情が飲み込めない。
 ハンズスもアレクも目を丸くしている。
「いや、…その?」
 ハンズスがどうにか言葉を紡いだ。
「英雄を探したければ、探すがいいさ。どうせ組織に拉致でもされたんだろう。あの子がそう簡単に殺されるとも思わないがね。その間、この子の保護が必要だろう?」
 だから預かってやろうと言ってるんだ―――――と。
 しばらく呆然としていた三人が同時に声をあげた。
「な?!」
 そんなことできるかとハンズスは言い、絶対ダメデス!とアレクは叫んで、冗談じゃねえとダルジュが抗議する。
 そのどれも受け入れずにセレンは立ち上がった。
「どの道お前さんには表の生活がある。四六時中この子を見るなんて、出来ないだろう?」
 そう言ってハンズスを見る。ハンズスが悔しそうに歯噛みした。それは、そう。朝に、英雄に言われたことにとても似てる。
 出来ないことは言うなよ、と英雄は言ったんだ。
 ハンズスもたぶん思い出してる。
 壁のようなものが、そこにある気がした。
 生き方の、壁が。
 ハンズスが口を開いた。言葉が声になる前に口を挟む。
「マージはどうしてるの?」
 一瞬タイミングをそがれたハンズスは、それでもすぐにいつもの生真面目さを取り戻して、分厚い眼鏡のレンズを指で上げた。
「あ、あ。いろいろ混乱してるみたいだったけど、今は家にいる」
「じゃあ、そばにいてあげて。オレは平気」
「クレバス」
 ハンズスが心配そうにオレを呼んだ。
 辞めると。警察を辞めるといいそうな雰囲気だった。
 でも英雄はそんなこときっと望んでないから。
「大丈夫だよ」
 言ってセレンのそばによる。アレクが哀しそうな瞳をした。
「オレは平気」
 そう、平気。今までだって一人で生きてきたんだから。
 英雄と、会うまでは。
 だから。
「そういうことだ」
 言ってセレンが立ち上がった。オレを抱えて、勝ち誇ったようにハンズスを見る。
「そこの生真面目と英雄探しでもしたらどうだ?あの子の力になりたいと望んで警官になったと聞いてるが」
 アレクとハンズスが視線を合わせた。
「優男同士お似合いだ」
 セレンが鼻で笑う。
 それで、決定したようなものだった。


 そういうわけで、オレはまた”Green&Green”にいるんだけど。
「あのとき、アイツはなんつった?」
 ダルジュが忌々しげに吐き捨てた。
 ぎりぎりと怒りをこめながら剥かれるジャガイモは、それでも綺麗なものだった。顔はブチブチに切れてるのに、手元は正確。別の生き物みたいだ。
「なあ?」
 三白眼がこちらに向けられる。機嫌悪そうに同意を求められて、オレはおずおずと答えた。
「オレの面倒を見るって…」
「だよな」
 憎憎しげにジャガイモを切断する。勢いでまな板まで切りそうだった。
「じゃあどうしてアイツはどろんして、俺とお前が仲良くおままごとしてんだよ!!」
 オレが聞きたい。
 はあ、と内心ため息をついた。
 からん、と花屋に誰かが入ったベルの音がする。
「お客さんみたい」
 オレが言うとダルジュが舌打ちした。接客する気がなさそうなのを見て、店内に行ってみる。
「まあ、お久しぶりです」
 聞き覚えのある声だった。さらりと揺れる長い金髪、清楚な服。ロングスカートがよく似合う笑顔。
 カトレシアが、にこにことそこに立っている。
「え。あれ?」
 事情がさっぱり飲み込めない。
「ダルジュさん、いらっしゃいますか?」
 カトレシアの声を聞いたらしいダルジュが、慌てて店の奥から出てきた。
「馬鹿、来るなつったろーが!」
「ええ。でも、美味しいクッキーが焼けたので」
 相変わらずのほほんとした調子でカトレシアが答えた。
 手をバスケットを掲げるように持ち上げる。が、肝心の荷物はどこにもない。
「どこにだよ」
 ダルジュも気づいたらしい。カトレシアが「ここに…」と言いながら自分の手を見る。
「ああっ!」
 ダルジュがゆっくりと頭を抱えた。頭痛がするみたいだ。
「すみません…。わ、忘れてきたみたいです…」
 真っ赤になるカトレシアをため息ついてダルジュが見た。仕方なさそうに目を閉じて、それからちらりとオレを見る。
 二度目のため息は地底に届きそうなくらい深かった。
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