DTH

 いつかオレはダルジュを英雄より真面目かもしれないと思ったけど、それは撤回したいと思う。
 あっさりと店を閉めたダルジュは、例のワゴンに乗ってカトレシアを家まで送り届けた。未だにカトレシアが道を覚えていないのを知っているらしい。
 そうなると、お茶でもというパターンになるのも、わかっていたようだった。
 ダルジュがすっかりジャックのあしらいに慣れているのを見ると、どうも何度も来てるようだ。それを聞くと、たまに遊びに来てくださるんです、と嬉しそうにカトレシアが言った。
「別に。暇つぶしだ」
 そういうダルジュは、家に来たときよりよっぽどくつろいでいる。
 大きなシベリアンハスキーのジャックを背もたれ代わりにして、クッキーを食べているその姿は、どこにいる時よりもリラックスしているように見えた。
「一曲弾きましょうか」
 カトレシアがピアノを弾き始めた。優しい旋律。流れるように。
 美味しいクッキーの香りと、紅茶に、ピアノ。
 ダルジュが静かに寝息を立てた。
 紅茶を一口飲むたびに、ささくれだってた心が、少し落ち着いたように思えた。
 オレも、少し。
 安心とまでは行かない暖かさが、紅茶と一緒に心に広がった気がする。

 あの家は居心地がいいんだとダルジュが帰りの車の中で言った。
「なんでだろうな」
 そう呟く。
 オレも居心地がいいとは思ったけど、ダルジュの馴染みようは度を越えているようにも思った。初めからそこにいるのが、当然のように。
 誰にでもそんな空間があるなら、ダルジュの場合は正にあそこなんだろう。
 なんとなく、そう思った。

 ダルジュはカトレシアに会っているのをセレンに黙っていたみたいだけど、セレンはお見通しらしかった。だいたい店を閉めればバレるに決まってる。
「匂いが違うんだよ」
 とセレンは意味深な笑みを見せた。
「匂い?」
「女性はすべからく甘い」
 そう言ってから眉を寄せて、「あの子の場合、どちらかと言うと犬くさいが」と付け足した。ジャックに埋もれるようにして寝ていたダルジュを思い出す。そりゃ匂いも移るだろう。
「英雄の行方は?」
「まだわからないらしいよ」
 まああのコンビだからね、3日もたってなにをやってるんだかとセレンはさして興味なさそうに言った。それからオレを見る。
「泣きたい?」
「多分」
 ナゼ、と聞かれて言葉に詰まる。
「君と英雄は他人だろう?」
 英雄はセレンは神経が足りないと言っていたけど、違う。意地悪だ。オレはむくれてセレンを見た。
「他人だからだよ、きっと」
「おや、奥深い」
 そう言って肩をすくめる。本当にからかってたのか?
「大丈夫だよ、あの子は。きっとね」
 セレンが穏やかに微笑んだ。
「…本当に?」
 だって、英雄はぐったりして動かなかった。
 肌が、ぞっとするほど、白くて。
 死が、そこに迫っているようなほど。
 白くて。
「ああ」
 セレンが頷く。
「だから君は一度泣いたほうがいい」
 そう言われたときにはもう、涙が頬を伝っていた。
 
 探す力を持っていない、ただ待つだけの自分も嫌なら、あの時英雄を助けられなかった自分も嫌だった。力は、持っていたはずなのに。
 英雄が武器を使うなと言った、その言葉がよぎった?
 違う。
 マージがいるから、ためらった?
 違う。
 鉄柱が落ちてくる、あの時。
 オレはただ動けなかっただけだ――――――――
 
 セレンがため息をついてオレの頭を撫でた。
「動けなかったのは、あの坊やも一緒だろう?自分を責めるな」
 セレンの言葉に首を振る。
 悔しさが胸に広がって言葉にならない。
 こんなことで泣く、自分も嫌だ。
「あの子は随分と幸せ者だな」
 セレンが言ったのは、多分英雄のことだと思う。


 マージはオレが”Green&Green”にいると知って驚いたようだった。
「良かった。元気そうで」
 そう言うマージはどこかやつれていた。心配したのよと言ってオレを抱きしめる。
「でも、どうしてここに?」
「知り合いなんですよ」
 セレンが流す。
「まあ」
 知らなかったわとマージが呟く。「本当に私は知らないことだらけね」と少し哀しそうに微笑んだ。
「マージ」
 オレが声をかけると、マージは笑顔を作った。
「大丈夫よ」
 だからあなたも元気を出して、と言ってもう一度オレを抱きしめる。
 それはいつものマージの柔らかさで、オレはなんだか安心したんだ。


 ハンズスとアレクが英雄を探してる。手がかりは少ないようだ。
 どうしてだかオレは言わなかったことがある。
 ガイナスが連れ去ったらしいと聞いたときから思っていたことだ。
 ポッケの中の携帯を握り締める。
 知ってるはずだ。かけてくるはず。
 オレを笑うために。

 それは確信に近い予感だった。 


第25話 END
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