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第26話 「死神は海に沈む」
見知らぬ番号からの着信を、オレは心のどこかで待っていた。
だから携帯の液晶にそれが現れたときも驚かなかったし、出た瞬間に「ガイナスちゃんでぇす」と言われても驚かなかった。
むしろ明確な怒りが体の奥底から湧き上がる。目の前にいたら間違いなく殴ってた。
「先輩を探してるんでしょお?」
「お前が攫ったんだろ?」
「そお、だって滅多にないじゃない?先輩が意識失くすなんてさ」
だからとってもグッドタイミングだと思ったの、と悪びれずに言う。くすくすと笑うその声が耳障りだ。
「知ってる?先輩ってとっても綺麗に人を殺すの。ためらいゼロ」
「英雄はもう人殺しなんかしない」
「僕を殺しかけたくせに」
ガイナスがむっとした声を上げた。
「オレに誓った」
「馬鹿みたい。そんな薄っぺらいもの信じて」
それから、ああそうかと気づいたように言う。
「携帯だから映像は見えないよね。先輩、もうすぐ目を覚ますよ。感謝して欲しいなあ、しっかり治療してあげたんだから」
くすくすと笑う声に、ぞっと体の内側を撫でられた気がした。
「お前…英雄に何した…!?」
「別になんもお?いじられるとこなんて先輩には残ってなかったし。だから早くおいでよ。見損ねちゃうよ?」
心底楽しそうにガイナスが言った。オレに握力があったなら、もうとっくに携帯を握りつぶしてる。
「どこだよ!?」
ガイナスが港の場所を告げる。船の中にいるらしい。
鋼糸がポッケにあるのを確認して、部屋を飛び出す。
ダルジュが「どこ行くんだよ」と声をかけたが無視した。
通りを走って、息が切れたところで、隣にバイクがいるのに気づいた。オレに並走するなんて随分ゆっくりと走る…と横を見て驚いた。思わず足を止める。
「乗ってクダサイ」
アレクだ。
「え、でも…」
「クレバス」
穏やかな瞳が厳しい光を湛えてる。有無を言わせない雰囲気がアレクにあった。
港だから当たり前なんだけど、海が見える。
むっとするような潮風にあたりながら、そういえば英雄と海に来たことはなかったと思う。
ガイナスが指定したのは、港に停まる白い客船だった。
映画で見たタイタニックにちょっと似てる。大きさ的にはずっと小さいんだろうけど。
あの中に英雄が…?
デッキに出迎えるようにガイナスが姿を現した。
「コドモ…」
アレクが呟いた。
「オレは行くよ」
ガイナスが笑って、オレを見下ろす。
構わずに階段を駆け上った。
「いらっしゃい。そっちの人は初めまして、かな?」
アレクが小さく唇を噛み締める。
「キミハ、ナゼこんな」
「いやだなぁ、こんなところで話し込んでたら見逃しちゃうよ、行こう?」
ガイナスが笑う。汽笛の音がして、船が外洋に向けて動き出した。
振動で船が揺れる。波の音が気持ち悪い。吐きそうだ。
パーティーホールを思わせる広い部屋。馬鹿でかいモニターが置かれていて、嫌でも下敷きになった英雄を思い出す。
顔色からそれを察したのか、アレクが気遣わしげにオレを見た。
ガイナスが意地悪く笑う。
「英雄は」
「いるよ、ここに」
モニターが白く光って、中に英雄が映し出された。
真っ白な部屋。医療機器に埋め尽くされた室内に、英雄が寝ていた。
顔色が少し悪いだけで、本当に、ただ寝ているように見えた。
「英雄!」
「どこデス!?」
「この船のどこか。心配しなくても目を覚ますよ、ほら」
まるでガイナスの言葉が合図のように、モニターの中で英雄が目を覚ました。
まぶしそうに瞼を開ける。
「先輩、生まれたときから組織にいたんだよね。いろんなデータが残ってた」
ガイナスが言う。
「そんな人間が、簡単に変われると思う?」
挑むようにオレを見る。
ゆらゆらと足元が揺れた。
「試してみようか」
ガイナスが笑う。
アレクが踵を返して出て行こうとした。英雄を探す気だ。
「出て行けば、こいつを撃つよ」
ガイナスが釘を刺す。
「信じてるなら見てればいいじゃない」
「クレバス」
アレクが迷った。
「いい。…英雄は、平気」
信じてる、と心の中で呟く。
それだけの月日を積み重ねてきたと、思う。
やがて目を覚ました英雄が立ちあがった。
頭が痛むのか時々眉をしかめる。
辺りを見回して、自分の病院服を見て、困ったような顔をした。
点滴を抜きさって、歩き出す。歩き方がひどく不安定で、一歩踏み出すたびによろけた。
「RPGの始まり、始まり〜」
ガイナスがふざけたようにはしゃぐ。
「果たして勇者はどこまで誓いをまもれるのでしょーかぁ?」
「場所が…特定できレバ」
そう言ってアレクがモニターを睨む。
「迎えに行ける?あはは、それはないよ」
ガイナスが言い放った瞬間に、轟音がして船内がひどく揺れた。
「中央通路の遮断。船が沈んじゃう前にエンディングロールになるといいねっ!」
からからと笑う。アレクが信じられナイと驚いた。
モニターの中で、揺れで壁に叩きつけられた英雄に、襲い掛かる影があった。
全身に黒のスーツを纏ってる。覆い隠した顔に、それでも目だけが殺意を持って英雄にナイフを突き立てた。
力が入らないらしい英雄が、それでもなんとか刃を避ける。
取っ組み合いは完全に押されていた。英雄の喉下に、わずかにナイフが食い込む。
英雄が歯を食いしばって相手の腹を蹴り上げる。離れた手をねじ上げて、体勢を変えようとした瞬間、また船が揺れた。
バランスを崩した英雄と男がもつれあう。
男の額に刺さるかと思ったナイフを、英雄は強引に軌道を変えて壁に突き立てた。男の目が恐怖に見開かれる。カメラに映った英雄の顔は、修羅に近い。
戦意を失ったらしい男の頭上からナイフを引き抜いて、英雄はまた歩き出した。
二人目は、女だった。銃口が向けられるより早く英雄がナイフを投げた。そのまま自分も距離を詰めて組み伏せる。銃を奪って、次へ。そして四人目、五人目…
何人、そうしただろう。
英雄は可能な限り最小限の動きで仕留めていった。
それでも次、次と繰り返すたびに英雄の息は上がって、見るからに足が重くなっていく。
もう壁にもたれるようにしか進めない。
「先輩そろそろ疲れてきたね。ま、怪我したばっかりだししょうがないか」
ガイナスが面白そうに笑う。
「いい加減にしろよ…!こんなことしてなんになるんだ!」
オレが叫ぶと、ガイナスはむっとしたように言った。
「なにさ。先輩の本当の姿を見せてあげるって言ってんのに」
「なに…?」
「変われるわけないんだよ、あの人が、そんなに簡単に。それを錯覚してるだけさ。先輩は人とは違うんだって教えてあげる。わからないでしょう?人の気持ちが。心の機微が。それは先輩が人じゃないから。ただの機械だからだよ」
ガイナスの唇がうっそりと微笑んだ。
「そっちの人は知ってるんでしょ?」
そう言ってアレクを見る。
アレクは黙ってガイナスを睨んだ。
「やだ、みんなして。まるで僕が悪者じゃない?」
ガイナスは悪びれもせずにそういった。
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