DTH

 通路を曲がるたびに新たな刺客。
 モニターの中で英雄が疲弊していくのがよくわかる。歩くのも、息をするのもキツそうだ。
 それでも、英雄は相手の命を奪いはしなかった。
「英雄…」
 守ってくれてる。
 オレが見てるなんて、知らなくても。
 ガイナスが面白くなさそうに舌打ちした。
「なんで…!?」
「お前にはわからない」
「ムカツク!」
 オレに向けられたガイナスの銃をアレクが弾き落とした。
「動かナイデ」
 ガイナスが悔しそうに歯軋りする。
「どいつもこいつも!」
 それからモニターを見て、嫌な笑いをした。
「ほら、見なよ。約束を守った律儀な先輩が死ぬよ?」
 
 どこかの部屋に迷い込んだらしい英雄が映っていた。
 白い白い部屋にひしめくたくさんの人間に囲まれて、立ちすくむ。
「な…」
 言葉が出ない。
 何人いるんだ?10人?20人?
 ガイナスを睨む。
 ガイナスは面白そうにくすくすを笑った。
「良かったじゃない?誓いを守ってもらえて」
「お前…!」
 飛び掛りそうになるオレをアレクが押さえた。
「アレク!」
 なんで止めるんだ!
「ダメです!英雄が…」
 切羽詰った声にモニターを見る。
 凄惨な光景が、広がろうとしていた。

 英雄は疲れきった顔で自分に向けられた銃口を見ていた。
 だらんと垂れ下がった手を上げる気配も見せない。
 もう動けない。その気力もない。
 あきらめたような笑みが英雄の顔に広がる。静かに瞳を閉じようとした。
「英雄…」
 そのまま、英雄は死んだろう。
 その視界ににシンヤの姿が映らなければ。まるで観察でもするように、シンヤが部屋の片隅に立っていた。
 電流が走ったかのように、見開いた英雄の瞳。
 その時、英雄を動かしたものはなんだったのか、誰にも説明は出来ない。
 義務感かもしれないし、単なるエゴかもしれない。
 英雄がだれた姿勢のまま銃を上げた。呆然とした表情のまま慣れた動作で引き金を引く。
 額を打ち抜かれた男が倒れた、それが合図だった。
 部屋中の人間が、英雄に襲い掛かる。
 英雄が一瞬目を閉じた。唇が自嘲に歪む。小さくなにかを呟いた。
 開いた瞳は、もう迷っていない。
 英雄のナイフが鈍く光る。赤い飛沫が部屋中に飛んだ。

『誓うよ』
 英雄の声が木霊する。
『僕は君を守る。そしてもう誰も殺しはしない―――――――僕が僕であるために』
 そう言った英雄はとても穏やかな顔で、言葉に嘘はなかった。

 赤い、血、血。
 返り血も自分の血もわからないほどの戦場で、どうしてそれが貫けるんだろう。
 圧倒的な力の差があれば、それが出来る?
 でも、英雄は言ってた。
 
『僕はスーパーマンじゃない』

 自分の目に入りそうな相手のナイフを顔をそらして避ける。刃が頬を掠めても構いはしない。腕はそのまま正確に相手の喉笛へ。ナイフで掻き切る。崩れる相手のホルダーから銃を引き抜いて、振り向き様撃つ。姿勢を低く、駆け出して、その後ろの人間へナイフを。
 場所を移動しながら、時に武器を奪いながら、英雄は確実に相手の命を奪っていった。
 その姿は、しなやかな獣を思わせた。
 
 肉を切る音、血がしたたる音。
 怒号、咆哮、銃声。
 その中心に英雄がいた。
 アレクがオレの肩に手を置いた。
 オレは画面に釘付けになってた。目をそらすことも出来ない。
『誓うよ』
 穏やかに微笑んだ英雄とはまるで別人のようだった。
 アレクの手がわずかに震える。それとも震えているのはオレ?
 オレは画面を見つめたまま、そっとアレクの手を握り返した。

 瞳に、狂気が宿っていたら、どんなに良かったんだろう。
 それを免罪符に出来たんだろうか。
 でも今血にまみれている英雄は、間違いなく英雄だった。
 英雄は英雄のまま、自分の意思で、ナイフを握り続けた。
 
 血の匂いがモニターのこちらにまで漂ってきそうだった。
 もう誰も動かないその場所で、ただ一人、英雄だけが立ち上がる。
 真っ赤に染まった体、顔、手。
 肩で息をしながら、シンヤを振り向いた。
 シンヤは無表情に全身血まみれの英雄を見つめていた。
 英雄がゆっくりとシンヤに歩み寄る。
 差し出した手が空中で止まった。
 うすい、透明な壁がそこにある。
 英雄の手から血がそこを伝って、空中に赤いラインを引いた。
 英雄がなにか言った。
 血まみれの拳を壁に叩きつける。
 血があちこちに飛ぶ。
 シンヤがそれを見て、口を開いた。
「偽善者」
 英雄の目が見開かれる。
「自分が生き延びる理由に俺を使うなよ」
 それだけ言って、英雄に背を向け、シンヤは出て行った。

「ね、言ったとおりでしょ?」
 ガイナスの声が心底耳障りだ。
「誓いなんて信じて、ばっかみたい」
 くすくすと笑う。
「お前…!」
 ガイナスが面白そうにコントローラーのスイッチを押した。
 途端に、轟音がして、船が揺れる。
「な」
「あはは、面白かったあ。もうこの船いらないからさ。沈めちゃうねっ!」
 ばいばーいと笑ったガイナスが、モニターの向こうに消える。
 ふざけんな!
「待て!」
 追いかけようとするオレをアレクが捕まえた。
「イケマセン!」
 言った直後に船が大きくぐらついた。バランスを崩したオレをアレクが抱きとめる。
 沈む?本当に?
「逃げなくテハ」
「英雄は…!?」
 言って顔を上げる。
 モニターから英雄の姿は消えていた。
 アレクが厳しい顔でそれを見る。
「…僕らもここを出マス」
 そう言ってアレクはオレの手を引いて部屋を出た。

 廊下にはもう煙が入り始めていた。
 アレクが舌打ちして、オレを抱える。デッキに駆け上がって呆然とした。
 視界に海が広がっている。
 港なんか見えやしない。
「…コンナ…」
 振動で船が揺れる。側壁から黒煙が立ち上るのが見えた。
 アレクが無言で立ち尽くす。
 と、船から離れようとするモーターボートに目を留めた。
「アレもらいマス」
「え」
 言うが早いかオレを抱えてモーターボートの舳先へと飛び降りる。
 空と海の青さがぐるぐる回る。
 着地の衝撃でボートが大きく軋んだ。
 操縦者が顔を上げたときには、もうアレクが銃を突きつけていた。
「ドイテ」
 海水を浴びた黒髪が褐色の肌に張り付いたアレクは、それなりに鬼気迫っていた。
 仲間もまとめて有無を言わせずに縛り上げる。
「ドウセ組織のニンゲンデスカラ」
 本当はココに捨ててイキタイとアレクは吐き捨てた。
 アレクがボートの操縦盤を小首をかしげて見つめて、試すようにいくつかのスイッチを押した。
「アレク、英雄は」
 アレクは答えない。
「アレク!」
「私ハ」
 アレクがオレに向き直った。
「クレバスを守るよう彼に言われてイマス。彼になにがアッテモ」
 毅然とアレクは言い放った。
「な、に言って…」
 アレクはオレを真っ直ぐ見つめていた。
「オレは英雄を迎えに来たんだ!」
「私はアナタを守りにキタンデス」
「だったら!」
「ダメデス」
 大きく客船が傾いた。
 底のほうが沈んできたのか、窓がすぐ真横にある。
「クレバス」
 アレクが言い聞かせるように名を呼んだ。
 適当に押されたスイッチが、無線を拾ったのか砂嵐だったモーターボートのモニターが絵を結ぶ。
 そこに英雄が映っていた。
「英雄…!」
 英雄は、まだ船内にいた。
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