DTH

 オレ達がヘリポートに戻るよりも早く船は沈んだのだと、ハンズスは言った。
「あいつは、きっと大丈夫だから」
 そうオレに言ったけど、ハンズス自身思っていなさそうだ。
 また、英雄がいない家に戻ってきた。
「クレバス…」
 ハンズスが気遣わしげにオレを見た。
「すまない」
「ハンズスのせいじゃない」
 英雄が自分で手を離したんだ。
『さよなら』だと自分で言った。
 自分で…
 手を、離したんだ。
 玄関を開ける。
 声がした。英雄かと思ったソレはすぐにテレビだとわかる。
 なんだ、オレ、つけっぱなしにしたんだっけ?
 居間に足を踏み入れる。
「あ」
 暇そうにソファに寝転がって、ポップコーンを食べている英雄が、そこにいた。



第27話 「ユメノオワリ」



 唖然とするオレとハンズスの視線を受けて、英雄は口に入れたポップコーンを噛まずに飲み込んだ。
 こくりとその喉が鳴る。
 なんで英雄がここにいるんだ?
 幻のわりには消えないな。
 互いに目を丸くしたまま見つめあった。
 やがて、英雄がぎこちなく頭を掻く。
「あはっ、先に着いちゃった」
 そう言って笑ってみせた。
「はは…は」
 笑いが長く続かない。
「ははは」
 その後をハンズスが引き受けた。目が全然笑ってない。
「ははは、そりゃ良かった。ははははは」
 ハンズスは両手を叩きながら英雄に近寄った。殺気を感じた英雄が身をかわす前に、馬乗りになる。
「俺が押さえる!やっちまえクレバス!」
 そう言って思い切り英雄をくすぐり始めた。
 英雄がマヌケな声を上げて笑い転げる。
 本物だ。
 本当に…英雄、だ。
 じわり、と胸の中になにかが湧き上がると同時に、ムカムカしてきた。
 無事だとわかるとなんでむかつくんだろう?
 ハンズスのプランに乗って英雄をくすぐり始めた。
「よし、そのまんま笑い殺しちまえ。俺は戻る」
 一通りいじり倒して気が済んだらしいハンズスは、そう言ってオレに英雄を渡して出て行った。なんだかんだで安心したらしい。
「クレ、クレバス、そ、それくらいで」
 英雄が笑いながら助けを求めた。
「ふざけんなよ!どれだけ心配したと思ってんだ!あんな…!」
「アレクと一緒にいたんだろう?あはは、ボートがあるのを知ってたくせに」
「だからって!」
 くすぐるのをやめてクッションで叩く。
 英雄がクッションを受けた。ガードした腕で、クッションをつかんで少しずらす。覗いた目が優しく笑ってた。
「ごめんね」
「馬鹿」
 英雄の上に馬乗りになったままクッションで英雄を叩いた。
 ぽすぽすと気の抜けた音がする。
「馬鹿英雄」
「ごめんて」
 英雄が手を伸ばしてオレを抱き寄せた。離れようと手をつっぱってもびくともしない。
「ずるいぞ」
「うん」
 オレが抗議してもどこ吹く風だ。
「馬鹿」
「うん」
 本当にね、と英雄は言った。穏やかな声だ。
「本当に、死んでもいいと思ったんだよ」
 ふうっと英雄の体から力が抜けた。
 英雄の上にのってるせいで、心臓の音が良く聞こえる。
 ゆるやかに刻まれるリズムが心地いい。
 とくん、とくん。
 あったかい。
「アレクがね、助けに戻ってくれたんだ。君を見送ってぼうっとしてたら、殴られた」
 振り向き様だよ、ひどいよねと英雄が笑った。そのまま引きずって無理矢理ボートに乗せられたのだと言う。
 アレクが。
 後でお礼言わなきゃ。
「クレバス?」
 英雄の声が胸に響く。なんだかすごく落ち着く。
 もっと話してくれればいいのに。
 なんでだろう。瞼が重い。すごく眠い。
 そういえばここのとこあんまり寝てなかった気がする。
 そのまま坂を転げ落ちるように、オレは眠りについていた。

 英雄の話によると、眠ったオレは英雄にしがみついたまま、全然離れようとはしなかったらしい。
「シャツがほら、よれよれ」
 ベッドに移動するのも苦労したんだと言って笑う。
「結局僕も着替えられなかったし」
 寝ていたオレはさっぱり覚えてない。
「覚えてねーよ」
「だから教えてるんじゃないか」
 こいつ性格悪い。
「それ以上続けたらフライパンで殴るぞ」
「せめてその上の卵を食べてからにして欲しいね」
 むっとしながらも英雄の皿の上にスクランブルエッグを置いてやる。
「食えるのかよ、怪我は?」
「ん、まあ平気」
 そう言って口に運んだ英雄が眉を寄せた。
「どうした」
「ちょっとしみる」
 英雄はしばらく口に手をやっていたが、「ごめん」と言って洗面台に向かった。
 そんなにしょっぱかったかな?
 ちょいと英雄の皿から失敬して食べてみる。
 別にそんなことない。
 まあ、あれだけ動いてれば口の中も散々切ったんだろうな、とぼんやり思った。
 なかなか戻ってこない英雄に焦れて、様子を見に行った。
「英雄、大丈夫か?」
 口をゆすいでいた英雄が顔を上げた。
 滴る水にわずかに色がついていた気がする。
 一瞬赤いかと思われたそれは、あっという間に流しに吸い込まれていった。英雄がタオルで口元を拭く。白いタオルは水を吸っても白いままだ。
 気のせい、か?
「大丈夫だよ」
 もう少し落ち着いたらあらためてご飯もらうね、と英雄が謝った。

 行きたくないけど行かなきゃいけないんだろうな、と英雄は呟いてうろうろしていた。
「どこに」
「マージのところ」
 別れ際が別れ際だったから心配してるだろうし、でもなあと唸りながら英雄は熊のようにぐるぐる部屋の中を回っていた。
「すっごく心配してたぞ」
「だろうね」
 ぐるぐるぐる。
 見てるこっちの目が回りそうだ。
 なにをそんなに気にしているのかと思って、モールでの出来事を思い出す。
 ああ、ビデオを見られたんだ。
『言い訳を、して』
 マージが叫んだのを思い出す。
 責められて立っていられる自信がないよ、と言いながら英雄は足を止めた。
「ずっとこうしてるわけにもいかないか」
 深いため息を吐いて、玄関に向かう。
 扉を開けた先に、マージが立っていた。
 駆けつけてきたばかりのように、息を切らしてそこにいた。カールした髪がわずかに乱れてる。
「…マージ」
 驚いた英雄にマージが抱きついた。
「ああ神様!」
 無事で良かったと英雄に抱きついたまま泣き出す。
 英雄は困ったように立ち尽くしていたが、やがてなだめるようにマージの髪を撫で始めた。
 マージが泣き止むまで、ずっとそうしていた。
Copyright 2005 mao hirose All rights reserved.