DTH

「まあ、それでは英雄さんはダルジュさんと同じ会社で働いてましたの?」
 カトレシアが感心したように英雄を見た。英雄がにこやかに答える。
「そうなんですよ。元同僚で。今は僕、探偵なんてやってますけど。あ、これ名刺です」
「探偵さん?素敵ですわ。良いお友達ですのね」
 にこにこと笑う英雄は本当に嬉しそうだった。対照的にダルジュは心底面白くないという顔をしている。不機嫌を絵に描いたみたいだ。
 クレバスがお世話になったようですね、どうですお茶でもと英雄がカトレシアに声を掛けたとき、ダルジュは顔色を変えた。
 余計なことをされてはたまらないと思ったのだろう。ここで飲んでいけと、乱暴に紅茶を入れて投げつけるように渡してきた。
 かくしてオレ達は、花に囲まれたこの店で紅茶を立ち飲みしている。
 カトレシアは英雄と初対面のはずなのに、もう打ち解けてる。時折交えるジョークに楽しそうに声を上げて笑った。こういうとき、英雄は話がうまいんだなと感心する。
 でもなんだってすぐバレるような嘘をつくんだ?
 はあ、とため息をついたら図らずもダルジュとかぶった。
「ダルジュとは長いお付き合いなんですか?」
「えっ」
 英雄の質問にカトレシアが赤くなった。
 ダルジュが射殺さんばかりの視線で英雄を睨む。英雄は気づかないふりをした。
 試すように、カトレシアを見つめる。
「ええ…よくしていただいてます。なんだか、お兄さんみたいで」
 カトレシアが言葉を選びながら言った。
 ダルジュが面白くなさそうに顔をそらす。
「一人っ子なんですね?」
 英雄が相槌をうった。
「いいえ、兄がいたんです。子供の頃行方不明になってしまったんですけど…ピアノが好きで、聡明な兄でしたわ。どことなく、ダルジュさんに似てるんです」
 追憶をなぞるかのように言うカトレシアの言葉に、英雄が硬直した。
 オレも、ダルジュも時を止める。
 瞬間真顔になってしまった三人に囲まれて、カトレシアがうろたえた。
「あら?私なにか変なことを…」
「いえ、失礼しました。驚いたもので」
 英雄が取り繕った。
「参考までに、よろしいですか?」
「どうぞ」
「お兄さんの名前は?」
「ヨシュアと申します」
 お心当たりがあればお教えくださいねと言って、カトレシアは微笑んだ。

 カトレシアが帰る背中を見届けてから、ダルジュは店を閉めた。
「ダルジュ」
 英雄が真剣な声で呼ぶ。
「黙れ」
 シャッターを閉めながらダルジュが言った。
 昔英雄が言った。
 組織の暗殺者は、子供の頃に攫われて―――――――――
 ダルジュは言った。
 あの家、なんだか居心地がいいんだ―――――――
 そこにカトレシアの行方不明の兄の話。
 いくらなんでもオレだって察しがつく。
 けどまさかそんな。
 偶然が過ぎる。家族なわけ、ないだろう?
 だけど英雄はその可能性を感じたからここに残ったんだろうし、英雄がそうするのがわかっていたからダルジュは店を閉めた、のか…?
「どうする気だ」
「どうもしねぇさ」
 ダルジュが背を向けたまま答えた。
「ダルジュ…」
「うるせぇ!」
 ダルジュが振り向いた時、その手には銃が握られていた。
 英雄の胸元にぴたりと狙いをつける。もう一押しあれば引き金を引きそうだ。
「興味本位でかき回すんじゃねぇ。失せろ」
 なにか言いかけた英雄が口をつぐんだ。そのまま目を伏せて、唇を噛むと「行こう、クレバス」とオレを促して裏口へと足を向けた。
 振り返ると、もうダルジュは銃を降ろしてる。
 うつむいた顔が、迷いの色を示していた。ダルジュが、揺れてる。
 英雄が立ち止まる。
 体を半分戻して、ダルジュを見た。
「いつでも呼べ」
「誰がだ」
 英雄は笑って、「じゃあまた」と言って扉をしめた。
 直後にテーブルを殴りつけた音がする。
 ダルジュの歯軋りが、聞こえた気がした。


 セレンから呼び出しがあったのは、しばらくたったある日だった。
 連れてこいと言われた英雄と一緒に赴くと、店は閉まっていた。
 裏口に回ってノックする。セレンが「よく来たね」とねぎらった。奥に至極機嫌の悪そうなダルジュが見える。
「なにかあったの?」
 ダルジュの舌打ちが返事らしかった。そりゃなにかなければ呼ばれないんだけどさ。
「自分で説明するかい?」
「俺は頼る気なんてねぇよ」
「おやおや」
 そっぽを向いたダルジュにセレンが肩をすくめた。
「ダルジュの彼女の」
「そんなんじゃねぇ!」
 簡潔に説明を始めたセレンに速攻でダルジュのつっこみが入った。セレンが不快そうに眉をひそめる。こほんと咳払いして、もう一度説明を始めた。
「例の彼女の、行方不明のお兄さんから連絡があったそうだ。捕らわれている、助けて欲しいと。こんなに何年もたってからね」
「ありえない」
 英雄が断じた。
 セレンが頷く。
「そう、ありえない。だが連絡が来たのは事実だ。誰が名乗っているかは定かではないが…この回りくどさはガイナスあたりか?一緒にいるところでも見られたかな。迂闊なことだ」
 ご丁寧なことに身代金を要求してきているそうだよ犯人グループは、とセレンが他人事のように告げた。
「十中八九、金を奪ったらズドンかな」
 英雄が顎に手をやりながら言う。
「恐らくは」
 英雄がダルジュを見た。ダルジュはこちらを見ようとはせずに、苛立たしげに頬杖をついている。
「それで僕に何を」
「あの子は裏から支える気らしいが、手が足りないのは明らかだろう?手伝ってやって…」
「俺は助ける気なんてねぇ!あいつがどうなろうと知ったことかよ。おせっかいもいいとこだぜ、セレン!」
 怒りの矛先をセレンに向けたダルジュが立ち上がった。立ち上がった反動で椅子が倒れる。
 説明を二度に渡って中断されたセレンが、冷たい視線をダルジュに向けた。顔にはっきりと不快感が現れている。
 いつもならそこで退くダルジュが、今日は退かなかった。
「ダルジュ」
 冷たく凛としたセレンの声にぞくりとする。
 ダルジュは無言でセレンを睨みすえた。
 一触即発の雰囲気に息もできない。
 緊張を破ったのは英雄の間延びした声だった。
「うん、じゃあ、手伝わない」
 ぽかんとして英雄を見上げた。英雄はいたく平然とした顔でダルジュを見た。
「それでいいんだろう?」と念を押す。
「ああ」
 憮然とした顔でダルジュが答えた。
 セレンがやれやれと言った様子で肩をすくめる。
「じゃ、そういうことで」
 英雄がさっさとドアノブに手を伸ばした。
「え、英雄!?」
 オレがうろたえるのを気にも留めずに「帰るよ、クレバス」と腕を引かれた。
 あっさりと、英雄は店を出た。
 ほんとに手伝わないのか?
「お前、それでいいのかよ?」
 腕を引きずられるように通りを歩く。こういう時英雄は結構強引だ。
「うん、まあね」
 それからふと気づいたようにオレを見た。
「ダルジュを手伝いはしないよ。でも、彼女が依頼してきたら別だろう?」
 そう言ってウィンクしてみせる。
「彼女に名刺を渡してある。探偵だとも名乗ってね」
 そうだな、ダメ押しで君から電話でもしてもらおうかな、と英雄は呟いた。
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