英雄の読みどおり、カトレシアから電話があった。初めて話を聞いたかのように白々しく驚いてみせた英雄は「すぐに行きます」と言ってオレにウィンクした。
カトレシアの家は、前に何度かダルジュと来たことがあった。でも英雄とこの門をくぐるのは初めてだ。
「急にお呼びしだてしてすみません」
出迎えたカトレシアは少し元気がなかった。
「いいえ。僕でお力になれるのなら」
「ありがとうございます」
ガレージにダルジュの車が見える。英雄も気づいたらしい。目が挑発的に微笑んだ。
居間のソファでシベリアンハスキーのジャックを横柄に撫でていたダルジュが顔を上げた。
ただでさえ鋭い三白眼が、さらに険しくなる。
英雄はそれを涼やかな笑顔で受け止めた。
「なにしに来やがった」
「彼女に依頼されてね」
飄々とダルジュの威嚇を流す。
「そちらにおかけになってお待ちください」
雰囲気の険悪さに気づかないらしいカトレシアが、ダルジュの隣を英雄に示した。英雄が顔色ひとつ変えずにそこに座る。オレに自分の隣に座るよう目配せした。
いくらダルジュとは反対側といっても、オレ、そんな緊張みなぎる席に座りたくないんだけど。ジャックがこっちに来たのを口実に、オレはジャックに構っているふりをしてソファには座らなかった。
「父を呼んできますね」とカトレシアが席をはずしたのが契機になった。
ダルジュが身を捻って英雄の胸倉を掴むと、噛み殺さんばかりの勢いで凄んだ。
「てめぇ、どういうつもりだ」
小声なのに怒鳴られたほうがマシな気がする。
対する英雄の声はいたく平常そのものだった。
「彼女に依頼されただけさ。君こそ影で支えるってのはナシになったのか?」
英雄の切り返しに、ダルジュが一瞬詰まる。
けど、カトレシアがダルジュに相談する様子はなんとなく想像出来た。ダルジュは断りきれなかったに違いない。
「手をださないっつっただろうが!」
「君を手伝わないとは言ったけど?」
にやりと英雄が笑う。
「てめぇ…!」
うわ、殴る、と思った瞬間にドアが開いた。ダルジュがぱっと英雄から離れる。
英雄は涼しい顔で襟元を正した。
カトレシアに連れられて、父親らしい初老の男性が入ってきた。なんていうか、ダンディな人だ。精悍な顔つきで、筋肉質ではないけど骨太な印象の体つきをしている。身につけている服も、カトレシアと同じでどことなく品が良かった。
カトレシアが皆に紹介した。
「父です。お父様、ダルジュさんに、英雄さん。それからクレバス君」
「おお、ヨシュア!」
おじさんは、いきなり諸手を挙げるとダルジュに抱きついた。あまりに突然のことでダルジュは反応できなかったようだ。されるがままになってる。
目が丸い。オレはすごく珍しいものを見ている気分になった。
「お父様、そちらはダルジュさんです」
カトレシアがたしなめる。
「おお、これは失礼」
おじさんがダルジュから体を離した。ダルジュが無言でおじさんを指差しながら、カトレシアを見る。
「…父です」
もう一度、カトレシアが説明した。
「可哀相に手遅れだな。イカレすぎだ」
ダルジュが忌々しそうに言った。そういえば、カトレシアと出逢うきっかけもこの人が描いた地図だった気がする。
「いやあ、ヨシュアに生き写しだったもので。失礼!」
おじさんは豪快に笑い飛ばした。大らか…か?
「ダルジュに似ているのですか?」
英雄が確認した。
「ええ、そうですね。きっと精悍な青年になってますよ」
一瞬、ダルジュと英雄の顔が曇った気がする。
すぐに気持ちを切り替えたらしい英雄が、おじさんに事情を聞き始めた。
それはいつもの英雄のお面をかぶっているようにも見えて、オレはなんだか不安になった。
ここに来る前、英雄は居間のテーブルに銃のパーツを広げて手入れをしてた。
ばらばらに細かく分類されたパーツをひとつずつ丁寧に磨いて、組み上げていく。
オレにはどこがなにやらさっぱりわからないのに、英雄は迷うことなくパーツに手を伸ばしていった。わりに手先が器用なんだなと思いながら、対面に座ってそれを見る。
「重いな」
英雄がぽつりと言った。
銃の重さを確かめるように軽く手を振る。
オレが顔を上げると、英雄は作業の手を止めないまま話を続けた。
「クレバス」
「え?」
英雄がなにかを言いかけた。
「大丈夫だと、言ってくれないか?」
手が、小刻みに震えている。
「僕が銃を持つ、そのことに、意味があるのだと」
嘘でいい、と英雄は小さく言った。
傷が。
あの船のせいで英雄の心に傷が残っているのだと、オレは初めて気がついた。
「…英雄…」
「この先、殺さないなんてもう言える自信はない。資格もない。それでも」
英雄がうつろに笑う。
「しなければならないことがある。だから、僕は」
自分に言い聞かせているようだった。
ふ、とその口元が緩んだ。
「本当は…」
本当は何もかも捨てて逃げてしまいたいよ、と英雄は言った。
「君の手を取って」
テーブルに並んだパーツに告白するように英雄は告げた。
冗談とも本気ともつかない、でもひどく真剣な声で。
「英雄…」
武器を持つのをためらう英雄を見るのは初めてな気がした。
いつも迷わずに行動するのが英雄だと思っていたけど、本当はずっと迷い続けていたのかもしれない。
英雄を救う言葉なんてオレは持ち合わせてない。けど。
覚悟を決めて、英雄の手に触れた。
銃を持っていた英雄の手が止まる。
『この手は…』
アレクの声が蘇る。
武器を持ったオレを諭した優しい言葉。英雄の助けになればいい。
「この手は、誰かを傷つける」
わずかに英雄の手が揺れた。
「でも、誰かを助けることも出来る」
オレは残酷なことをしてるのかもしれない。
武器なんて持たずに、なにもかも捨てて逃げたっていいじゃないかと、どうして言わないんだろう。それこそ英雄が望んでいる言葉かもしれないのに。
また手に銃を持たせるような言葉を吐いてる。
「英雄は選んだ。オレはそれを知ってる」
だから大丈夫、と告げると英雄は泣きそうな顔をした。
「ありがとう、クレバス」
英雄が微笑んだ。
今、カトレシア達と話す英雄は、弱音を吐いたそぶりすら見せない。
もう切り替えたなんて思わない。思えない。フェイクだと、確信する。
救うような言葉を吐いて、戦場へ行けと背中を蹴り飛ばす。
オレのやったことは正にそれだ。
正しいかなんてわからない。それでも、うつむく英雄は見たくなかった。
武器を持つ、その先に答えがあるのなら、オレも一緒に見たいとそう思った。
第28話 END