DTH
第29話 「転がるダイス」
「あの親父は完全にイカれてる」というのが、ダルジュの結論だった。
カトレシアのお父さんは、英雄達に丁寧な説明をした後、こう告げたのだ。
「私の息子が助けを求めているなら、私は行かなければならない」
だから手出しは無用だ、と。
激昂して殴り飛ばしそうになるダルジュを引っ張って、オレ達は”Green&Green ”にやってきた。裏口から入った瞬間に、ダルジュがそこにあったゴミ箱を思い切り蹴り飛ばす。ゴミ箱は派手な音を立てて吹っ飛んで行った。
「10年以上も前に行方不明になったガキのために身代金を用意するだ?受け渡し場所には一人で行くだ?馬鹿か!!」
「す、すみません」
カトレシアが涙目になって謝った。
「まあ、あまり賢いとはいえないけどね」
英雄がおだやかに答えた。
「いいじゃないか。少しうらやましい気もするよ」
「なにがだ」
「盲目の愛」
そう言った英雄はカトレシアに微笑みかけた。
「大丈夫。お父さんはお守りします。カトレシアさんはお家で待機していてください」
「英雄さん…」
カトレシアが不安げな顔をしたままダルジュを見た。
視線に気づいたダルジュが苦そうな顔をする。面倒くさそうに舌打ちして、頭を掻きながら「そういうことだからよ」とだけ言った。
「ダルジュさん」
ようやくカトレシアがほっとした表情をみせた。わずかに唇が微笑む。
そっぽを向いたダルジュの耳が、少し赤い気がした。
そして、受渡しの日が来た。
身代金の受渡し場所は、郊外の廃工場らしい。
ダルジュのワゴンで乗り付ける。相変わらずの白いシャツにラフなジーンズというスタイルのダルジュは、すこぶる機嫌が悪いようだった。オレがついて来ているせいもあるのかも知れない。でがけに、オレをつれていこうとする英雄をダルジュは一旦止めた。
「おい、そのガキもか?」
「うん」
英雄が至極当然のように答えた。
なにか言いかけたダルジュが口をつぐむ。代わりと言わんばかりにオレを睨んだ。
「ちょろちょろしやがったら殺す」
暗に来るなと言われたみたいだったけど、気づかないふりをした。
廃工場のそばに乗り付けると、ダルジュはエンジンを止めた。英雄の開けたドアから車外へ飛び出す。中の空気はいろんな意味で最悪だったから、外に出られてせいせいした。うんと伸びをして、工場を見る。日光のせいでその老朽度合いがよくわかる。ところどころ壁がはげて、鉄さびが浮いていた。相変わらず大きいのに、開いた入り口の向こうのは薄暗くて人の気配がまるでない。
「前に来たことがあるよ。ガイナスの招待でね」
英雄が言う。脅迫状が送られてきて、英雄の前で初めて鋼糸を使ったあの場所だ。
「ますます彼の可能性が高いな」
ダルジュが英雄に鋭い視線を向けた。
「先に言っとくが、俺は撃つぞ。あいつが死のうが爆発しようが知ったことか」
君らしいね、と英雄が笑った。
「僕が止めるよ」
「ふざけろ」
ふんと鼻をならしてダルジュが歩き出した。やれやれと肩をすくめた英雄がオレを見る。
「行こうか。受渡しの時間までまだ間がある」
出来ればあの人が来る前に全てを終わらせてしまいたいねと英雄は呟いた。
廃工場の中は昼間だというのに薄暗かった。目を慣らさなければ、物がどこにあるのかよく見えない。相変わらず放置された機械達がひっそりと佇んでいて、どこか不気味な気配だった。
「さて、どこに行こうか」
英雄が辺りを見回したとき、ダルジュが真っ直ぐに手を上げて、天井に向けて発砲した。静かな廃工場に銃声が響き渡る。
「出て来いクソガキが!!」
ダルジュの怒鳴り声の後、しばらく静寂があたりを包んだ。やがて子供がくすくすと笑う声がする。
「やだぁ、先輩、どうしたんですかぁ?」
ガイナス、だ。姿は見えない。
英雄がわずかに靴先をずらした。オレを背にかばうようにして周囲に視線を配る。
「ガイナス、出て来い」
凛と響き渡る声で英雄が言った。
す、と暗闇から抜け出るようにガイナスが姿を現した。侮蔑するような視線を、ダルジュ、英雄を通り越してオレに向けた。
「なにしに来たのさ」
「ぶっ殺しに来たんだよ!」
言うが早いかダルジュが撃つ。
英雄がオレを連れて機械の陰に引っ込んだ。
「やれやれ、過激なことだな」
「おい、ダルジュ止めなくていいのかよ」
「まあ、しばらくは大丈夫だろう?ガイナスも素人じゃないんだし。それに僕には僕の相手がいるみたいだからね。なあ、シンヤ」
英雄が呼びかけながら上を見上げると、オレ達が隠れていた機械の上にシンヤが立っていた。
銃口がきっちりとこちらに向けられている。
「シンヤ…」
「離れろ」
シンヤが引き金を引く前に、英雄がオレを突き飛ばした。自分は反対側へ飛んで、銃を抜き放つ。シンヤが機械から飛び降りて、その陰に隠れた。
「英雄!」
「動くなよ、クレバス」
言った英雄が駆け出す。シンヤを追う気だ。
「待てよ、オレも…!」
ポッケの中の鋼糸に触れた。
英雄がこちらをちらりと見るだけで、その手が止まる。
「そこにいて」
笑いながらそう言って、英雄も機械の陰に消えた。
ダルジュの銃声が相変わらず響く。さっきまでの静けさが嘘のように、工場内は活気づいていた。空気がめまぐるしく動く。
「ちいっ!」
舌打ちしながら、ダルジュが目の前を駆けた。と、オレに気づいて足を止める。
「なにしてやがる!」
「英雄が、ここで待てって」
「正気かあの馬鹿!」
来い、と腕を引かれて駆け出した。
ダルジュが追う視線の先にガイナスの金髪が見えて、瞬く間に暗闇に呑まれていった。
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