「どうしてそんなにムキになるんですかぁ?先輩」
くすくすと笑うガイナスは、道中ダルジュをからかいながらどこかへ誘導しているようだった。ガイナスが一言喋るたびに、位置にあたりをつけたダルジュが引き金を引く。
「黙りやがれ!」
機械に当たったらしい音がして、沈黙の代わりにあざけるような笑い声が返って来た。ブチブチとダルジュの血管が切れる音がした気がする。
ちょろっと上目遣いで顔を見たら、般若だった。
ガイナスを追って行き着いた先は、ちょっとした広間になっていた。真ん中に場違いなグランドピアノが置かれている。埃っぽい工場の中で、それだけが新しくて綺麗だった。
入り口でそれを認めたダルジュが、苦い顔をして足を止めた。
「ヨシュアさんってピアノが上手だったんだってぇ?」
ガイナスが笑いながら鍵盤に触れる。ピアノの澄んだ音がした。
「すごいなぁ。僕、全然できないから尊敬しちゃう」
ダルジュが不快そうに眉をしかめる。
「黙れ」
ガイナスがうっそりと笑った。悪意が形を結んだような、嫌な笑みだ。
「そんなものが出来たって、ダメだよねぇ。いくら綺麗な音楽ができたってさ。戻れないよ」
「戻る気なんざねぇよ」
ダルジュが銃を持ち上げる。ガイナスに狙いをつけた。
「じゃあ、なんで今そうしてるの?」
ガイナスが笑う。
「どうして、ダルジュさんは今こんなところにいるのさ?なにをしに来たの?」
ダルジュは答えなかった。相変わらずガイナスに狙いをつけたまま、銃を下ろそうとはしない。
「英雄さんもそうだけどさ、ホント面白いよね。誰かを守るとか守らないとか。出来るわけないじゃない。そんなもの。今来てる親父だってさ、いざ銃を突きつけられたら、きっと泣いて命乞いするよ?」
「それがどうした」
ダルジュが引き金を引いた。
弾丸がガイナスの頬を掠める。
ガイナスが驚いたように瞳を見開いた。
「生きるのが嫌なら一人で舌でも噛んで死ね。出来ないってんなら手伝ってやる」
ダルジュの銃口を凝視したまま、ガイナスが一歩退いた。その足をダルジュが撃ちぬく。弾が撫でた程度のその傷口から見る見るうちに血が流れ出た。
「あ…あ!痛い…っ」
ガイナスがあえぐ。
「俺はあいつみたいに優しくねぇぜ?」
ダルジュが再び銃を構えた。狙いはガイナスの額。
「ダルジュ!」
制止しようとしても無駄だった。ダルジュは撃つ気だ。
「あ…」
それを察したガイナスの瞳が揺れた。視線が黒い銃口に吸い込まれていく。
「自分にも気づかねぇガキが。手前こそ俺らに粉かけてなにを試してやがる?」
「ぼ…くが?」
「言ってやろうか」
ダルジュの顔が歪んだ。いびつで残虐な笑みを刻む。吐かれる言葉は悪意に満ちていた。
「絆」
ガイナスの瞳が見開く。
「てめぇは、単に信じたいだけだろ?セレンと自分の間に…」
「嘘だ!」
ガイナスが吼えるように叫んで銃を抜いた。ダルジュが舌打ちして、壁に身を寄せた。
「嘘だ嘘だ嘘だ!」
乱射ってこういう時に使う言葉なんだと思うくらい、ガイナスはでたらめに発砲し続けた。
「あっさりキレやがって。図星か」
ダルジュが忌々しそうに吐き捨てる。
やがて弾幕が落ち着き、あたりに静寂が返って来た。
「くそ、逃げやがったか」
ダルジュが舌打ちした。そっと覗き込むと、広間の奥への扉がわずかに開いて、ガイナスの足から流れたらしい血が点々と続いていた。
「…ガイナス…」
なんだろう、この気持ち。なんだかもやもやする。
ダルジュが面白くなさそうにグランドピアノを見たとき、遠くから声がした。
ヨシュア、と叫ぶ声はあのおじさんだ。
「げ、もう来やがったのか。おい、扉を閉めろ。鍵もかけるんだ」
言われるままに広間の内側から扉を閉めて鍵をかけた。ダルジュがため息をついて、肩を揉んだ。
「さて」
「…家族だって、名乗り出なくていいの?」
ダルジュが肩に手をやったままオレを見た。
「なんだと?」
「だって、ヨシュアってダルジュのことなんでしょ?」
「はっ」
ダルジュが肩をすくめた。
「俺じゃねーよ」
「けど…!」
「確かに組織にそういうヤツはいた。もう死んだ」
オレが殺したんだとダルジュは言い、どこか懐かしそうにピアノに触れた。
「これは組織内にあったヤツだな。あの中じゃ技術さえあればある程度の融通が利く。前に誰かが使ってたやつらしい。あいつもよくこれを弾いてた」
ぽん、と鍵盤を叩いて、ダルジュは椅子に座った。
2、3度手首をひねってから、曲を弾きだす。廃工場の中に、ピアノの音が流れていった。
「ヨシュア…!」
ピアノの音に惹かれるように、おじさんが近づいて来たのが声でわかる。
「ヨシュア!」
おじさんが扉を叩く。
その声が耳に届いたのか、ダルジュが手を止めた。立ち上がり、鍵盤に向けて銃を構える。
「そいつは死んだよ」
撃ちこまれた銃弾が、ひどい不協和音を奏でた。
「行くぞ」
ダルジュが背を向ける。ガイナスが消えた扉へと歩き出した。置いていかれないよう、ついていきながら、振り返る。
壊れたピアノは、この先ここでひっそりと朽ちていく。
なんだかそれが、ふさわしいような気もした。
細い通路の先に、また広い空間があった。広い、とはいっても大型の機械があちこちにあって見通しがいいとは言えない。錆びた鉄の匂いがたちこめている。
別の扉から駆け込んでくる足音と共に英雄が現れた。
「英雄!」
「クレバス」
英雄は少し息をはずませていた。オレの足元に落ちる血を見て眉をひそめる。
「怪我を?」
「オレじゃない。ガイナスが」
オレの言葉に英雄がダルジュを睨んだ。
「俺は撃つって言ったぜ?」
「かすり傷ですよ〜だ」
からかうようなガイナスの声に顔を上げる。
少し離れた大型の機械の上、オレ達を見下ろすようにガイナスとシンヤが立っていた。ガイナスのズボンに血が滲んでる。傷口はハンカチで巻かれていた。
「クソガキが!」
英雄が止める間もなく、ダルジュが撃った。
ガイナスの額を狙って放たれたダルジュの弾丸が、届くことなく空中で霧散する。
「なに!?」
ダルジュが呻く。
ガイナスも驚いたようだった。誰もが唖然とする中で、シンヤだけが表情を崩さない。
きらり、となにかが光った。
陽光を受けて煌くそれが、ガイナスを守るように輪を描く。
螺旋状の糸。
「鋼糸…」
思わず呟く。
「セレン…!」
英雄が苦い顔をした。
英雄の言葉を受けるように、ガイナスの前にセレンが立っていた。
まるで、ガイナスをかばうかのように。
「な…っ」
ガイナスが叫んだ。
セレンがいつもの優雅な笑みをオレ達に向ける。どことなく好戦的で、挑発的な視線だった。
「今日は私が相手をしようか」
ダイスが――――――初めて悪い方に転がった気がした。
第29話 END