DTH
第30話 「あの日の答え」
「今日は私が相手をしようか」
悲壮な決意をしているわけでもなく、まるで日常の会話の延長のようにセレンは言った。それは例えばポーカーとかキャッチボールをしようと呼びかけるような気安さで、だからオレはいつセレンが冗談だと笑い出すのかとじっと待ってた。
「な…っ」
抗議の声を上げたのは、ダルジュでも英雄でもなく、庇われているはずのガイナスだ。
「何言ってんのさ!えらそうに!余計なお世話だよ!!」
セレンが、さも面倒といわんばかりの視線をガイナスに投げた。その隣にいるシンヤに「連れて行け」と告げる。
「ガイナス」
シンヤが呼びかけながら、ガイナスの腕を引いた。
ガイナスが不服そうにシンヤを見て、唇を噛む。
「く…!」
悔しそうな目でセレンを睨みながらガイナスはしぶしぶ下がっていった。シンヤが去り際振り返った。オレと、目が合う。
「シンヤ」
シンヤは答えず背を向けた。
ガイナス達が去るのを、英雄もダルジュも黙って見送っていた。
そこに立ちふさがるセレンが、手を出させない。それだけの威圧感があった。
「セレン」
英雄が呻く。
「マジなんだな」
ダルジュが確かめるように言った。
小首をかしげたセレンが、悠然と微笑む。それが全ての答えだった。
英雄が横にいたオレを抱えて飛びのいた。ダルジュも弾かれたように飛ぶ。
さっきまでいた場所をなにかが掠めた。わずかに光る軌跡が鋼糸だと告げる。切断されたパイプが高音をあげて倒れた。残響が廃工場に木霊する。
英雄がセレンを睨んだ。口元を引き結んで、覚悟を決めたらしい。
セレンから視線を離さずに、英雄が立ち上がった。
「英雄」
英雄がオレを見て微笑んだ。
「大丈夫。そこで見ていて」
あらためてセレンに向き直る。
「いい瞳だ」
英雄の視線を真っ向から受けたセレンが頷いた。
「おいで、二人まとめて面倒を見てあげよう」
セレンが軽く手を広げる。
英雄とダルジュがほぼ同時に銃を構えた。弾丸を撃ち込む前に、セレンが身を翻して機械から飛び降りた。部屋に埋め尽くされた機械のせいで姿が見えなくなる。
ヒュオ、と空気を切る音がした。
英雄が屈む。その頭上を掠めるようになにかが通って、周りの機械を切断していく。
「ちぃっ」
ダルジュが舌打ちした。
ここからじゃ全然セレンの姿が見えない。
「ここは不利だ。出ろ、ダルジュ!」
英雄が叫ぶ。
あたりをつけた位置に銃弾を撃ち込んで、英雄がオレの手を引いて近くの扉を足で蹴る。外が見えた。振り返ると、宙を落ちかける機械の破片の隙間にセレンの唇が見える。
それはいつもと変わらず、優雅に微笑んでいた。
さっきまであんなにいい天気だったのに、空には黒雲が広がっていて、頬を雨粒がたたいた。
初めわずかに降りだす程度だったそれは、あっという間に大雨へと変化する。雨音がうるさい。
英雄はオレに脱いだコートをかけると、今出た扉を睨んだまま、銃を構えていた。ダルジュも扉から視線をそらそうとしない。二人ともずぶ濡れだ。
出てこなければいいと、思った。
また、空を切る音がしたかと思うと、英雄とダルジュの銃が切断された。
「くっ」
二人が立ち上がる。
雷鳴が響き渡った。
雨がより強く降り注ぐ。
悠然と、セレンが姿を現した。
倉庫の出口でふと足を止める。
「雨か…」
あまり好きではないな、と呟く。
「早めに終わらせてやろう」
その言葉に弾かれたように、二人が駆け出した。ダルジュの右手の裾からナイフが滑り出る。
それをダルジュはセレンの潰れた左目のほうから投げた。察したセレンが首だけでよける。その頃にはもう距離を詰めていた英雄が、セレンの腹に肘を打ち込もうとしていた。
セレンの片足が上がる。
正確に英雄の顎を跳ね上げた。
反対側から殴りかかろうとするダルジュの腕を取って、引き寄せるように流すと、バランスを崩したダルジュの後頭部に一撃を叩き込む。返す刀で英雄にもう一撃。
二人が膝をついて倒れた。
あっという間すぎて言葉も出ない。
セレンは何事もなかったようにそこに立っていた。倉庫の出口から動いてもいない。
英雄とダルジュが立ち上がろうと、泥を掻く。
セレンはそれを見下していた。
その胸に、赤い点が光る。それは狙っている銃口があると誇示せんばかりで、黒雲から伸びているようにも見えた。
「レーザーサイト、アレクか」
セレンが涼しい顔でその軌道を追った。
「アレク…」
英雄が呟く。
赤い点は正確にセレンの心臓を狙ってる。
「さっさと撃てばいいものを」
アレクは撃たない。撃てないのかもしれない。姿の見えないアレクの葛藤を示すように、赤い点が揺らいだ。
「馬鹿が」
セレンが顔をゆがめた瞬間に、少し離れた倉庫の屋根が爆発した。同時にセレンの胸に光っていた赤い光が消える。
「アレク…?」
振り返ると、倉庫は勢いよく燃えていた。黒い煙が吸い込まれるように空に飲まれていく。
あそこに、アレクがいたのか…?
「セレン!」
ダルジュが吼えた。
ダルジュの足払いを器用によけたセレンの足が、初めて外に出た。靴についた泥を見て、セレンが眉をひそめる。
瞬間を縫って、英雄がセレンの顎に手をかけた。余る右手でボールペンを頚動脈に突きつける。セレンの白い喉に、ボールペンの黒い芯が食い込むのが見えた。
セレンは抵抗しようとしない。
英雄が苦い顔をした。
「セレン…」
「どうした?貫けよ」
英雄の手から力が抜けた瞬間、セレンが身を翻して英雄を蹴りこんだ。英雄が泥の中に転がる。脇腹を押さえながら倒れた英雄に、ゆっくりとセレンが歩み寄った。
「英雄」
呼びかけながら英雄の頭を掴んで持ち上げた。英雄が悔しそうにセレンを睨む。
「…いつだって、生きようと醜くもがく。そんなお前が、とても好きだったよ」
優しい声だった。優しい顔だった。
雨が光の反射を邪魔して、まるで見えるわけがなかったのに、どうしてそれが見えたんだろう。鋼糸がゆるやかに輪を描く。英雄の首を落とせる軌道だ。
英雄達には見えていないと思った瞬間に、オレは立ち上がっていた。鋼糸を手の中で躍らせ、投げた。雨の中、錘同士がぶつかるわずかな音がする。セレンが不快そうな顔で振り返った。
絡んだ糸の先、オレを見つけると、「そうか君もいたね」と呟く。
「クレバス…?」
英雄は呆然としていた。
セレンが好戦的に微笑む。
雨はちっとも降り止む気配を見せなかった。
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