DTH
第31話 「ラストピース」
ぶつくさ言いながらもダルジュはオレを乗せると英雄の家に向かった。アレクは怪我が大したことがないからと自分のバイクで帰っていったようだ。英雄のことを告げると、後で病院に立ち寄ると約束してくれた。
家につくころにはすっかり雨が上がっていた。
20分で迎えに来ると言って、ダルジュは出て行った。「服なら英雄のを着ればいいのに」と言ったら、死ぬほど嫌そうな顔をした。こだわりがあるらしい。
シャワーの暖かさに触れて、初めて体が冷えていたことに気づく。打ちっ放しの雨の中にいたんだから仕方ないかもしれない。
英雄は、大丈夫かな。
前に倒れたときと同じような倒れ方だった。
ダルジュは驚いていたのに、セレンは動じなかった。なにか知っていたのかもしれない。
投げやりに頭を拭きながら、英雄の着替えを持っていこうと思いつく。きっと助かったと言うだろう。そう思って、荷物を鞄にまとめたところでダルジュが来た。
ハンズスの病院に向かうと、英雄の病室を告げられた。
「え?」
オレはてっきり、もうピンピンしている英雄が出迎えるもんだと思ってたから、とっさに反応しきれなかった。
「こっちらしいぞ」
ダルジュがずかずか進んでいく。その後を追った。
寝てるだけ、だよな。もしくはハンズスが閉じ込めたとか。ああ、それはありそうだ。
通路の先に白衣を来たハンズスがいるのが見えた。セレンと話してる。その横に、アレク。マージの姿も見えた。
「ようやく来たか」
セレンがオレを見つけて声をかけた。病院のシャワーでも借りたのか、泥を落としてさっぱりと身綺麗になってる。
「英雄は?」
病室のドアに手をかけると、ハンズスがそれを制した。
「ハンズス?」
「今、眠ったところだから」
「また迷惑かけたんだ。ごめん」
オレの声にハンズスが眉を寄せた。つらそうな顔をしてオレの肩を掴む。
「クレバス、いいか、よく聞くんだ」
ひどく真剣な顔をしてる。
「なに…?」
自分で言いかけたくせに、ハンズスは言葉を飲み込んだ。唇を噛み締めて、それからオレに告げる。
「英雄は、病気だ」
病気。ああ、それで倒れたんだ。オレは妙に納得した。
「どこが悪いの?」
「どこが…」
オレの言葉を繰り返したハンズスが絶句した。
セレンが後を引き継ぐ。
「どこなんて特定は出来ない。強いて言うならどこも限界だな」
ハンズスが抗議するようにセレンを睨んだ。
セレンがいつもの笑みでそれを受け流す。
「英雄の生い立ちを聞いたことは?」
「あるよ。赤ん坊の頃組織に売られたって」
じゃあわかるだろう、とセレンが言った。
「赤ん坊を呑気に育てるような場所じゃない。繰り返された実験で、あの子の体は滅茶苦茶だ」
「滅茶苦茶って…」
オレの肩を掴んだままのハンズスを見た。
「治るんだろ…?」
ハンズスは答えない。
なんでだ。
「治るんだろ?ハンズス!」
知らず声を荒げていた。
黙ってハンズスがうつむいた。
「治るさ。手術をすればな」
セレンが言った。
「じゃあ!」
オレの声に肩をすくめる。
「やれやれ。あの子は本当に何も言ってなかったんだな。確かに手術をすれば助かる。だが血が足りない」
「血?」
「あの子の血液型は特殊でね。表のバンクを使ったんじゃ到底手術に必要な量は集まらない。だが、裏から手を回せば別だ」
「裏から…って、どうやって」
「あの子はもう手に入れているよ」
セレンがオレを見て微笑んだ。
「適合者は君だ。クレバス」
「…え…?」
セレンが何を言っているのかわからない。
英雄の血液型が特殊で、手術に血が要って、でもそれはオレの血で…?
周りを見る。
皆一様に目を伏したまま、誰も何も言わなかった。
「あの子が君を手元に置いた理由はそれだ。血が必要だったのさ。君のね」
「じゃあ、使ってよ。オレの血でいいんなら…!」
「クレバス!」
ハンズスが怒鳴った。
オレを掴む手に力をこめる。
「ダメだ…君の血は、使えない」
「なんで!」
「量の問題だ」
セレンが言った。
「なるほど、君の血を使えば英雄は助かる。だが、君は間違いなく死ぬな」
「え…」
「ついでだから教えてやろうか。英雄がなぜ君を手元に置いたか」
セレンの唇が笑みの形を作った。
「あの子は君の命を踏み台にして、自分だけが生き延びるつもりだったのさ」
真っ暗な頭にセレンの声が響く。他に音なんてしなかった。
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