DTH

 どうして誰も嘘だって言わないんだろう。
 これじゃあ、まるで


 …本当のことを言ってるみたいだ…


『君が大事だ』
 英雄の声が胸に響く。
 いつだって英雄はオレを守ってくれた。
 自分が怪我をしても、なにがあっても。
 どうしてオレなのか、いつも不思議で。
「…うそだよ…」
 だって、英雄は一度も。
 オレに血をくれなんて、言わなかったじゃないか…!
「本当だ。君は小さすぎた。血を限界まで抜ききってもまるで足りない。それで育てることにした。まあ、今でも君の致死量を抜いたところで足りるとは思えないが」
 セレンが淡々と告げる言葉が耳に入る。はっきり聞こえるのに、遠くから声がしてるみたいだ。
「だから私は君に武器を渡した。いざという時、英雄と対峙出来るように」
「おい!」
 ダルジュがセレンの肩をどついた。
 セレンはよろめきもせずにダルジュに一瞥をくれる。ダルジュは一瞬だけひるんだが、それでもセレンに向けて怒鳴った。
「そこまで言う必要なんかねぇだろ!」
「なぜだ?」
 セレンが不思議そうに聞いた。
「自分の命に関わることだ。知っておいたほうがいい」
「てめぇ…!」
「そこまでだ」
 ダルジュがさらに息巻いた時、ハンズスが場を制した。
「病院内だ。わきまえろ」
 それに、とちらと病室を見てセレンを見据える。
「そんなこと英雄はしないし、俺がさせない」
「あの子に死ねと?残酷なことだ」
 セレンが鼻で笑った。
「俺が助ける」
「お前程度の医者など、世界に五万と居るさ。何が出来る!」
 セレンが語気を荒げるなんて珍しい。
 オレはぼんやりとそれを見ていた。
 フィルタを一枚はさんだような世界。現実感が全然ない。
 立っている床は確かにそこにあるのに、自分がどうやってここに存在しているのかわからなかった。
 英雄がオレをそばに置いた理由。
 血が…欲しいから?

 そのためにいつも

『無事で良かった』

 なにがあってもオレを守って

『君が大事だ』

 あんなにぼろぼろになって

『そばに居て』
 
 夢なら―――――――早く覚めればいいのに。
 どうして英雄はここにいないんだっけ?
 うつろなオレの視界の片隅で、時折鼻をすすりながら話を聞いていたマージが、耐えられないというように、涙を流しながら病室に入っていくのが見えた。
 病室…英雄の。
 その後姿を見送った直後にマージの悲鳴が聞こえた。
「英雄が……!!」
 慌ててハンズス達が室内に入り込む。
 カーテンがはためく窓から夜のNYが見えていた。街灯がせわしなく点滅する活気の街。
 さっきまで英雄が寝ていたはずのベッドはもぬけの殻で、シーツが乱れたままだった。行き場をなくした点滴の管が、空中をさまよってる。
 英雄は、消えていた。
 誰もが言葉を失ってそれを見た。
 病室の白いカーテンがはためく音だけが室内に響く。
「…まだ…」
 口から勝手に言葉が滑り出た。
 オレの声に皆が振り向く。
「…まだ、頭がごちゃごちゃしてて、よく…わからないけど…」
 それでも、そこに英雄がいないことで、オレにははっきりとわかったことがある。
 英雄が「君にはかなわないな」と言いながら、困ったように笑っている気がした。
「英雄がどうしていなくなったのか…わかるよ」
 卑怯で嘘つきな英雄。
 いつもいつも嘘をついて、ばれるのを怖がって。
 それでもホントのことなんて言えなかった、その弱さが、オレは好きだった。
「セレンがそう言うのがわかってて、ダルジュが怒るのを知ってて、ハンズスがたしなめると思って……オレに」


『君に嘘はつかない』


「オレにばれるのが怖くて、―――――――英雄は、逃げたんだね…」



 頬を涙が流れるのに、オレはなぜだか笑っていた。
 英雄の考えてることがわかる。
 ずっとそばにいたから、オレ、わかるよ。
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