DTH

第32話 「わかちあう、ということ」

 例えば、大切な人が病に倒れる。それは珍しいことじゃないだろう。
 助かりませんよ、と言われる。それもよくある光景だ。
 人はその時、やがて確実にくる別れを思って涙する。ふがいない自分の無力さを憎悪する。
 オレは――――――どうすればいいんだろう。


 早朝の街を、ぺたぺたと裸足で歩く英雄はまるで子供のようだった。オレに手を引かれて、置いていかれないようについてくる。
 ぺたぺた、ぺたぺた。気の抜けるような音が後ろについてきた。
 このまま歩いて、家に帰って、それでなにかが変わるなんて思わない。
 道が永遠に続けばいいと願った。
 
 
 家に戻ると英雄はシャワーを浴びたがった。本当は一人になりたかったのかもしれない。オレもそうだったから、英雄が浴室に行って少しほっとした。
 水音が遠く聞こえる。
 ここまで来てまだ現実感がないなんて、オレはどうかしたんだろうか。
 英雄が死ぬ…?
 誰もはっきりとは言わなかったけど、ハンズスもセレンもそれを覚悟しているようだった。
 病んだ体、取替えが必要で、でもそれには血が足りない。
 いいや、それならここにある。
 ここに…
 そっと自分を抱きしめる。英雄は今、何を考えているんだろう。それがすごく知りたい。
「やあ、さっぱりした」
 英雄がタオルで頭を拭きながら現れた。いつものことながら、拭きかたが半端で、英雄が隣に腰掛けるだけで水滴が降ってくる。
「まだ濡れてるじゃないか。ちゃんと拭けよ」
「大丈夫だよ」
 英雄が笑いながら答えた。
 それだけで、オレは英雄の顔をまっすぐ見ることができない。
 何を言っていいのかわからなくてうつむいた。
「クレバス」
 英雄が困ったように笑った。
「寝ようか。僕も君もろくに寝てない」
 そう言って英雄が立ち上がる。手を差し出しながらオレを見て、首をかしげた。
「それとも僕と寝るのは怖い?」
「別に」
 英雄の手をとる。どこかひやりとした感触だった。
 
「君が泣かないのが不安だよ」
 ベッドに入って、英雄の腕枕に頭を乗せると、もう片方の手でオレの頭を撫でながら英雄が言った。
「我慢しすぎてるんじゃないかと思う」
 だって、泣いたら英雄は困るんだろう?
 そう言いたかったけど、オレが言ったのは別の言葉だ。
「泣いたよ。アレクやセレンの前で。お前が知らないだけ」
 英雄が目を丸くした。
「ええっ」
 ずるいじゃないか、と的外れな抗議をする。なんだそれは。
「…僕のために泣いたの?」
「悪いかよ」
「ううん。見たかった」
「悪趣味だぞお前」
「どうして?」
 英雄が不思議そうな顔をした。
「僕のために誰かが泣くんなら、それは見たいよ」
 おかしいかなぁと唸る。
 腕枕から伝わる英雄の体温が心地よかった。心臓が鼓動を刻むのがわかる。
「英雄」
「ん?」
 英雄が目を細めた。
「…苦しい?」
 別に、と言った英雄は、それから少し考えるそぶりをして「だるいかな」と言った。
「これから、どうする?」
「どうもしないよ。また目が覚めたら、いつもの日常だ。君にご飯を作ってもらって、それを食べる。ガイナスやシンヤを追いかけて、いたちごっこの始まり始まり」
 英雄が微笑んだ。
 それをぼんやり見る。
「…前に」
 口を開く。
「前に、お前が”逃げたい”って言った時、オレはお前に武器をもたせたけど、でも」
 英雄が小首をかしげた。
「今は、逃げたっていいと思ってる」
 一瞬瞳を見開いた英雄が、オレの髪を梳いた。
「ダメだよ。シンヤを取り戻さなきゃ」
 自分に言い聞かせてるみたいだった。
「…シンヤ…」
 シンヤが前にオレに忠告したのを思い出す。オレが英雄に殺されると忠告してきた。
「シンヤは、知ってたんだな」
「みたいだね。まあ僕のデータは組織にあるわけだし、実を言うと君のもある。僕が調べてた分がね。再三僕に君から離れるよう忠告してきたよ。言い分は確実に向こうにあったけど、断った」
「シンヤが…」
「君のことを心配してた」
 彼にとっちゃ僕はものすごい悪者だな、と英雄がため息をついた。
「さ、長話が過ぎたね。寝ようか」
 英雄が仕切りなおす。
 オレはいろいろ考えたくて眠りたくなんかないのに、それでも睡魔がやってきた。
「英雄…」
 枕になってる英雄の腕を握る。
「おやすみ、クレバス」
 英雄の声を聞きながら、オレは眠りに落ちていった。
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