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第33話 「いつかの手のぬくもり」

 病院から失踪したことで大層な説教をハンズスから食らった英雄は、しょんぼりとうなだれていた。居間に居座ること1時間。そろそろ新しいコーヒーでもついだほうがいいかな。
「ついでにアレクから聞いたぞ。ダルジュ達の店で酒を飲んだって?馬鹿が!」
「君らはいつの間に手を組んだんだ」
 呆れたように言う英雄に「引き合わせたのはお前だろうが」とハンズスが返す。ずいぶん怒っているようだ。
「…なんでそんなに怒ってるんだ?」
 理解しきれないというように英雄が聞く。
「別に。怒ってなんかないさ」
 ハンズスが苦そうに言った。
「怒ってるとしたら何も出来ない自分に対してだ。お前にじゃない」
 うつむいて唇を噛む。どこか拗ねているようにも見えた。
 英雄が困ったのがわかったんだろう、「そういえば」とハンズスが思い出したように言った。
「前に頼まれていたDNA鑑定、結果が出たぞ。本人には告げたが…」
 声をひそめたせいで、キッチンにいたオレには聞こえなかった。
 でも、瞳を伏せた英雄の表情で、わかった気がする。

 メールの着信に気づいたのは、ハンズスが帰ってからだった。
 ぴこぴこと光る液晶に見慣れぬアドレスが表示されている。
 怪訝に思って件名を見ると、なんのことはない、知り合いだった。

件名:☆ガイナスちゃんからの素敵な招待状☆

本文:やっほ〜(>∀<)/ガイナスちゃんでぇすww
   生きてる?死んでてほしいな☆
   ちょっとこないだの廃工場来てよ。リベンジしよっ♪
   待ってるからね〜(σ・∀・)σゲッツ!
   来なけりゃランダムに人殺しちゃうよ〜v(>∀<)キャハw

 …危うく携帯を叩き割るとこだった。危ない危ない。
 深く深く息を吸い込んで、メールを消そうとした。と、後ろから手が伸びてきて、ひょいと携帯をつかみあげられる。
「英雄」
「その顔、察するにガイナスなんだろう?」
 オレはよほど嫌な顔をしてたらしい。
 英雄が液晶画面を見てひどく怪訝な顔をした。
「すごい文面だな。こういうのが流行りなのか?」
「あいつの脳内でね」
 ほい、と英雄がオレに携帯を返した。そのままコートを手に取る。
「行く気なのか!?」
 オレは心底驚いた。
「最後の一行がなければ良かったんだけど」
 ふう、と英雄がため息をついた。
「行こう」
 言いながら英雄が手を差し出す。
「行っていいのか?」
 いつも嫌がるくせに。
 ああ、でも最近そうでもなかったな。
「君さえよければ」
 英雄が控えめに微笑んだ。
 その手をとる。
 闘う英雄の姿を見続けるのが、オレに課された義務のような気がした。


 何度目かの廃工場は、相変わらずの機械の山だった。
 虹色のスプレーで大きく矢印が示されている。確認する間でもない、ガイナスだ。
 なんだか入りたくない。
 オレが足を止めたのに気づいた英雄が振り返った。
「クレバ…」
 呼びかけて、視線がオレを通り越す。それを追って初めて、自分の後ろに人が立っているのに気づいた。
 すらりとした長身。白い肌に白いシャツが似合っている。銀髪がさらりと風に揺れた。
「セレン!」
 オレが驚くとセレンが満足そうに微笑んだ。
「なんだ、このまま気づかないかと思ったのにな」
「人が悪い」
 英雄がため息をつく。
「お前たちもガイナスに呼ばれたのか?」
「セレンも?」
「正確にはダルジュがね」
 セレンがブルーボディの携帯を唇に当てた。
「それ、ダルジュのじゃなかったっけ?」
 セレンのはワインレッドだった気がする。
「あの子のものは私のものさ」
 さも当然のようにセレンが言う。オレはちょっとだけダルジュに同情した。 

 矢印にそって歩いていくと、なんだか嫌なにおいが鼻をついた。
「…ガソリン?」
「だね」
「私たちでバーベキューでもする気かな」
 セレンがさらりと言う。
「呼び出されたのが、ダルジュにクレバスだろう?可能性は高そうだ」
 英雄が受けた。むしろビンゴな気がするんだけど。
 部屋に入る。
 ガソリンの匂いが一層きつくなった。
 思わず裾で口を覆う。
 広い、場所だった。鋼鉄で作られた足場が中空に形成されている。鎖が軋むような不安定な足場の下には、ガソリンの海。
 本来は染料でも入れるタンクにガソリンが入っているらしかった。
「いらっしゃ〜い」
 ガイナスの声に顔を上げる。
「ガイナス」
 英雄が向き直った。
 ガイナスの顔が不快そうにゆがむ。
「ちょっとぉ〜、呼んでない人ばっかり〜」
「まあいいじゃないか」
 セレンが笑う。それが気に障ったらしかった。
「あんた、結局そっちにつくんだ」
「何を言ってる」
 不可解そうにセレンが眉をひそめた。
 ガイナスが悪意をこめた視線でオレを見る。
「いいよねえ、守られてて」
 にやり、と唇が凶悪な笑みの形を描いた。
「でも、知ってる?その隣の人、別にあんたを守ってるわけじゃないんだよ?」
 英雄がオレの肩に手を置いた。大丈夫だ、と言わんばかりに力をこめる。
「先輩、そうですよねえ」
 ガイナスがねっとりとした口調で英雄に聞いた。あざ笑うような表情がムカツク。
 英雄は答えない。
 ガイナスの視線が、オレに向いた。
 唇から言葉が零れるその前に、オレは口を開いていた。
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