DTH

 家に戻る頃には日付を越えていた。
「君はどんどん夜更かし上手になっていくなあ」
 英雄があきれたように言う。
「連れまわしておいて何言ってんだ。さっさと寝るぞ」
 英雄が生返事をしながらのろのろとパジャマを着た。さっさと電気を消そうとして、まだそこにいるのに気づく。
「なに?」
「ううん、なんとなく。一緒にベッドに行こうかと思って」
「なんだそれ」
 変なの。
 電気を消して戸締りを確認する。その間のろのろと英雄は後ろをついてきた。
 クレバスは本当にしっかりしてるなあと言いながら、あくびを噛み殺す。
 なにがしたいのやらさっぱりわからない。
 ちまちまと動くオレを嬉しそうに見て、英雄は笑っていた。
「僕は弱くなって、強くなったな」
 まるで独り言のようにそう言う。
「なんだよ、それ」
「弱くなったのは、心。強くなったのも、そうだ。君に出会って、いろんな人への秘密がぼろぼろに剥がれて、その度に弱くなっていった。でも、その分強さも手に入れた」
「言ってることが矛盾してるぞ」
「そうかな?感覚的には間違ってないんだけど。同時進行でね、”ああもうダメだ〜”って思うのに”守るために立たなきゃ”って気にもなる。変な気持ちだけど、悪い気分じゃない」
「今は?」
「実はだいぶ怖い」
 だから一緒に寝てくれないかと英雄は言った。オレはもしかして英雄は寝たりしないんじゃないかとも思ったけど、そう望むならと頷いた。
「闘うのが怖いんじゃないな。成せないことが怖い」
 自分を分析したらしい英雄が、ベッドの中で言った。
「なせないこと?」
「すべきことが出来ないこと、かな。例えばシンヤ奪還に失敗するとか」
 薄い月明かりの中、英雄を見た。よく見えないけど、英雄はこっちを見ているみたいだった。
「みんないるよ、大丈夫だろ?」
 英雄が笑った気がする。大事そうに頬を撫でられた。
「そうだな、君もいる」
「オレは役に立てない」
 と言った瞬間に思い出した。慌ててベッドから起き上がる。
「クレバス?」
 英雄が怪訝そうな声を出した。
 手探りで引き出しを開けてそれを取り出す。
 ベッドから半身を起こした英雄にそれを手渡した。
 月明かりにわずかに煌く――――――――鋼糸。
「クレバス」
 英雄が驚いたようにオレを見た。
「英雄と戦うための武器なら、いらない。こんなもん無くっても」
 顔を上げて英雄を見た。
「お前がオレを守ってくれるんだろ?」
 英雄は驚いたようだった。「だってこれセレンの形見…」と言いかけて、口をつぐむ。
 確かめるように鋼糸を見て、そっとその手を閉じた。
「君にお願いしたいことがある」
 穏やかに告げて、英雄は顔を上げた。
「明日、僕が戦うそのために」
 オレを見る。優しいのに決意をこめたような瞳にどきりとした。
「僕を好きだと言ってくれ」
 オレは、今、多分目が丸い。
「…は?…」
 なんつった?今。
 好き、って…言え?
「それだけで、明日僕は動ける」
 瞳を伏せた英雄の顔色が悪く見えるのは、月光のせいだけじゃない。
 そう思った瞬間、英雄のパジャマの襟を両の手で掴む。
「そんなに、悪いのか…!?」
 英雄が曖昧な笑みで返した。
 揺らぐオレの目を、英雄が正面から見つめる。
 喉がからからに渇いたみたいだった。なぜだか言葉が出てこない。
「悪かった。困らせたかな」
 英雄が笑って、オレの頭を撫でた。「もう寝よう」と言って自分がベッドに寝転ぶ。
 オレに背を向けて。
 大人気なさすぎなんじゃないのかそれは。
 ムカムカして、しすぎて、また声が出ない。だって急に言われていえるわけないじゃないか。
 要求するお前がどうかしてる!
「英雄」
 ちょっとむっとしながらも声をかける。
「もう寝た」というふざけた返事が返って来た。
「馬鹿英雄!」
 罵りながら、英雄の頬にキスをする。
 掠めるような一瞬のキスだったけど、キスはキスだろ。
「クレバス」
 英雄が驚いたように振り返った。
「スキダなんてそうそう言えるかよ!恥ずかしい!それでいいだろ?」
 やけっぱちな気持ちで英雄に背を向けて寝転ぶ。オレは今、耳まで赤いに違いない。
「クレバス!」
 英雄が嬉しそうにオレを抱きしめた。
「もう寝た!」
 叫ぶとますます嬉しそうに力をこめる。
「愛してるよ」
 英雄が耳元で囁くように言った。
 くすぐったくって、嬉しくて、腕の中がひどく居心地が悪いと思ったのを覚えてる。


第34話 END
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