DTH

第35話 「それぞれの決着」

 約束の時間、客のいない”Green&Greern”のホールに皆が集まった。
 店内は深海を思わせる夜の装い。ブルーの照明が集まった人間の存在をぼんやりと照らし出す。
 アレク、ハンズス、英雄、オレ。
 こんなときにもスーツなのがハンズスらしいと思った。といっても英雄もいつものコートだし、オレもいつものパーカー。アレクも普段着ているハイネックだけど。
 セレンがいないのが嘘みたいだ。ひょっこり現れたって不思議じゃないだろうと思っていたのに。オレの落胆に気づいたのか、英雄が気遣わしげな視線をよこした。
 オレの気がかりはもうひとつある。
 ダルジュが、いない。
 刻限が迫っているのに姿を見せようとはしなかった。
 アレクに鍵を渡して、どこかへ行ったと言う。
 英雄は静かに目を伏せて、秒針が時を刻む音に身をゆだねていた。
 やがて、鐘が時を告げる。
「…来ないな」
 ハンズスが言った。
「戦わない選択肢もあるさ。彼の自由だ」
 英雄が顔を上げた。
「行こうか」
 そう言って皆を見渡す。ハンズスとアレクが無言で頷いた。
 英雄が扉を開ける。夜の風がひやりと頬を撫でた。


 組織の本拠地って、なんとなく山奥とか人里離れた場所にある印象があった。広大な敷地に豪奢な屋敷。ボディーガードがたむろして、いかにもそうですといった印象。
 そこは確かに人里離れてはいたけれど、屋敷というわけではなかった。コンクリートのそっけない3階建てのビルに、いくつかの平屋建てが並んでる。コンクリートで整地された地面を絶え間なくサーチライトが照らしていた。見える人影はどれも銃を持ってる。要塞、といった
雰囲気だ。
「あんなとこ行くの?」
「まあね」
 まるで近所の本屋にでも行くようなカンジで答えた英雄は、「君はアレクと行くんだ」とオレの背を押した。
「アレク、頼む」
「ワカリマシタ」
 アレクが「さ、クレバス」と言ってオレの手を引く。
 英雄を振り返ると、にこりと微笑んだ英雄はハンズスと共に背を向けた。

 アレクはバイクにオレを乗せて、少し離れたビルに降り立った。
 愛用のライフルケースを持ってイキマショウとオレに声をかける。
「外の非常階段、ナガイデス」
 階段を登るらしい。言われて、見上げる。ビルは10階くらい余裕でありそうだ。
「急ぎまショウ」
 アレクと一緒に階段を登り始めた。

 屋上付近の踊り場で、アレクは立ち止まった。
「コノ辺りで…」
 言いかけて、手すりになにかを見つけたらしかった。
 赤茶けた手すりに、赤のインクで何かが書いてあるのが見える。
 アレクが眉を寄せてひどく苦い顔をした。
「アレク?」
「屋上ヘ」
 そう言って、アレクがオレの手を引き残りの階段を登りきった。
 フェンスで囲まれた屋上との境のドアに手を伸ばす。普段鍵がかかっているはずのそれは、アレクに抵抗することなくすんなり開いた。
「すごい、どうやったの?」
 アレクが微笑んでごまかす。
「ココから英雄達が見えマス」
 そう言ってアレクに双眼鏡を手渡された。
 方向を指差されて、そっちを向くと、組織の建物が見えた。
「クレバスも、伏せて」
 言われてアレクを見ると、床に伏せるようにしてライフルを構えていた。
 スコープを覗き込む目が厳しい。一瞬を狙う緊張感が辺りに漂った。
 いつもこうして守ってくれていたんだ。
 オレはアレクの隣に体を伏せた。
 双眼鏡で英雄を探す。
 と、建物の一角が爆発した。
 全ての終わりが、始まる合図だった。

 爆発したエリアに警備に当たっていた人間たちが集まっていく。
 アレクが引き金を引いた。サーチライトを壊していく。
 炎を上げるエリアの反対側から、英雄が塀を乗り越えて侵入するのが見えた瞬間、人が集まっていた爆発地点が二度目の爆発を起こした。
 人間が吹っ飛んでいくのが見える。
 確実に、人を集めて殺めるためのトラップだ。
「英雄が…?」
 やったのか?違う。炎に照らされた英雄の表情が信じられないといっていた。
「違いマス。そもそも爆弾自体計画にナイ。アレは我々じゃナイ」
 アレクが苦そうに告げた。
 言いながら、引き金を引いて、なお英雄に向かってくる傭兵の足を打ち抜いて無力化する。
「じゃあ、誰…?」
 アレクは答えなかった。それでも誰だか知ってるらしい。苦々しい顔に心当たりがあると書いてあった。
 誰なんだ…?
 アレクを問い詰めたかったけど、そんなことしてる場合じゃない。
 慌てて双眼鏡を持ち直して、英雄を追う。
 
 英雄の前に、炎を背に立ちはだかる人影があった。
 三人。歳が読めない。でも、とっくに成人はしてそうだ。三つ子みたいに同じ身長、同じ顔。スキンヘッドに、ヘビのような目。白と黒の、中華系の服を着てる。カンフー映画とかによく出てくるあれだ。
 英雄が立ち止まる。
「李三兄弟…!」
 アレクが呻くように言う。
「なに?」
「三人一味で暗殺をこなすグループデス。必要ナイ人間まで殺す趣味の悪い連中!好きで暗殺ヤッテマス」
 アレクが吐き捨てるように言った。
 ライフルを構える腕に力がこもった気がする。
「長兄、ラオウ」
 狙いを定めたアレクが引き金を引いた。
 長兄の両脇にいた二人がその前に躍り出る。それぞれの手にもった扇状の鉄板を弾道に重ね合わせて、アレクの弾をガードした。
 長兄が大口を開ける。たぶん高笑いでもしてるんだろう。
 アレクが怒気を高めながら、弾を込めなおす。殺気がびんびん伝わって、ちょっと怖い。
「ア、アレク…」
「私アイツラ大嫌イデス」
 言いながらアレクが構えなおす。なんかさっきの弾、思い切り額を狙ってた気がするんだが。
 スコープを覗いたアレクが舌打ちした。
 見ると、英雄が軽く手を上げている。
 手を出すな、の合図だ。
 英雄が銃を構えて駆け出した。左右に兄弟が散る。一人が鉄扇を投げた。それが合図のように他の2人も英雄に向けてそれを投げる。飛び道具なのか、あれは。
 くるくると回転する扇状の鉄は、触ったら首くらい簡単に切り飛ばしそうな勢いだった。
 一旦足を止めた英雄が身を伏せ、頭上をかすめる鉄扇をよける。再び駆け出す頃には、兄弟はそれぞれ鉄扇を手にしていた。
「あれ…?」
「彼らが三人でいる理由デス。獲物の周りにトライアングルを描いて、それぞれパスを渡すように鉄扇を投ゲル。飛び道具のデメリットのひとつに武器の回収がアリマスガ、このやり方なら関係ナイデス」
 アレクがオレに説明した。
 三人の描くトライアングルの中心にいた英雄が、壁に追い詰められた。背中についたコンクリートの感触に驚いたように後ろを見る。
 三人が鉄扇を英雄に向けて投げた。
 英雄がのけぞるように喉を見せたかと思うと、綺麗にその場でバク中を披露した。空中に浮かんだ英雄の頭のすぐ下で、鉄扇同士がぶつかる。ついでと言わんばかりに英雄が左右にいた兄弟の肩を打った。鉄扇を踏みつけるようにして、英雄が着地する。手にした銃は、唯一立っている長兄に向けられていた。
 一瞬の出来事に、長兄は唖然としているようだった。
 英雄が引き金をひこうとした瞬間に、異変が起きた。
 英雄が身をかがめる。口元にやった手の隙間から血が零れた。
「英雄…!」
 長兄が勝ち誇ったように英雄に銃を向ける。英雄が顔を上げた。
 銃弾はすでに、放たれていた。
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