DTH

 英雄は息もしにくそうだった。崩れかけた英雄に向けて、勝ち誇った顔で撃ちこまれた銃弾を、英雄は呆然とした表情で見ていた。
 英雄の前に誰かが踊り出る。
 ソイツは、着弾の衝撃で英雄ごと後ろの壁に叩きつけられると、起き上がる前に長兄の頭を撃ち抜いた。
 白いTシャツが胸からの出血で真っ赤に染まってる。違う、ハンズスじゃない。
「ダルジュ…」
 アレクが信じられないというように呟いた。
 英雄がダルジュを抱える。
 しっかりしろと呼びかけているようだった。ダルジュが返事をしたのかしないのか、その表情からじゃわからない。
 英雄がオレ達のほうを向いてなにか叫んだ。
 来てくれ、と言ってる。
 頼む、来てくれ、アレクと言っているように見えた。
 アレクが迷いを見せる。眉間に深い皺が寄った。長い睫が小刻みに揺れている。
「…アレク」
 オレが声をかけると、深くため息をついた。
「行きまショウ」
 そう言ってアレクは立ち上がった。


 ダルジュの仕事の後らしい組織建物の周辺は、文字通り死屍累々としていた。あちこちにいる黒服や傭兵がぴくりとも動かない。
 敷地内は、怖いほど人気がなかった。
 アレクが慎重に英雄に歩み寄る。
 ダルジュを抱えた英雄は、真っ青な顔をしていた。
「アレク…」
「止血ハ」
「一応、でも、止まらないんだ」
 英雄が泣きそうだった。
 包帯代わりになっている裂かれたTシャツを確かめたアレクが、それをきつく巻きなおした。
「ぐ…!」
 ダルジュが呻く。
「ダルジュ!」
 英雄の声にダルジュが薄目を開けた。
「馬鹿が…なんて顔してやがる…」
 ダルジュの唇が薄く笑った。
「遅れて、悪かったな…」
 英雄が首を振った。「もう喋るな」と言ってダルジュの手を強く握る。
 ダルジュは遠くを見ているようだった。
「最後、だと思ったから、…あいつん家に行ってきたんだ。いつものように茶、飲んで、ピアノ聴いて…それで、終わるはずだったのに…動けなかった。時間が来てるのはわかってた。わかってたのに、なんでか…動けなかったんだ…はは、この俺が」
 ダルジュが皮肉そうに笑った。笑いに、力がない。
 英雄が首を振った。
「逃げちまえば良かったじゃないか。女の手をとって、トンズラ。どこも全然恥ずかしいことなんかじゃない…!!」
 英雄の言葉に、ダルジュが英雄を見た。いいや、もう英雄も映してない。英雄を通り抜けて、どこか別のものを見てる。
「…そうだな…あいつ、馬鹿だし、きっとずっと待ってる…だから帰らなきゃ…」
 ダルジュが穏やかに笑って、そう言った。
 そのまま眠るように目を閉じる。
「英雄…」
 アレクが声をかけた。
 英雄が握っていたダルジュの手を、その胸に置く。
「死なせないでくれ…」
 そう言って、英雄はアレクにダルジュを託した。
「ワカリマシタ」
 アレクは軽々とダルジュを抱き上げた。踵を返して、早足でハンズスの車へと向かう。
 英雄がゆらりと立ち上がった。
「僕は行かなきゃ…」
 自分に言い聞かせるように英雄が呟いた。
 つつけば崩れそうな脆そうな雰囲気だ。
 正反対の方向に向かう二人の背中を見て、一瞬どっちについていくべきかを迷った。
 でも、それは本当に一瞬のことだった。
 地面を蹴る。その背中に駆け寄る。
 オレが手を握ると、英雄はゆっくりと握り返してきた。


 建物内も怖いほど人がいなかった。
「雑魚の皆さんには引っ込んでもらいました〜。足手まといだからねっ」
 ころころと笑うガイナスの声がする。とたんに室内の照明がついた。
「訓練所だ。広いだろう?ここで基本的な格闘を教官から学ぶ」
 英雄が言った。
 確かに広い。30メートル四方ほどのフロアに、マットが敷き詰められていた。どことなく室内の空気が汗臭い気がする。
 英雄がガイナスに向きなおる。ガイナスの隣に、相変わらず無表情なシンヤがいた。
 英雄が銃を向けた。ぴくりとガイナスが反応する。
 そのまま英雄が引き金を引く。四方、それから他にも何箇所かついていたカメラを撃ち抜いた。
「これで全部だな?」
 ガイナスは答えなかった。代わりに隣のシンヤを不安げに見る。
「シンヤ…」
「それがお前の答えなら行けばいい」
 シンヤが冷淡な口調で答えた。
 冷たい目線が英雄に向けられる。
「俺はあいつを許さない」
 英雄が静かに微笑んだ。
「僕と君の答えを、今日出そう」
 そう言って、弾層を排出すると真新しいものに取り替えた。
「クレバス、下がって」
 言われて下がる。一瞬シンヤと目があった。
「シンヤ」
「…もう、知ってるんだな」
 シンヤの言葉には主語がなかった。でも、なにが言いたいのかわかる。
「うん」
「そうか」
 シンヤが頷いた。
「悪いな、そいつは俺が殺す」
「生憎命日は今日じゃなくてね」
 英雄が笑った。
「そこで、見ていて」
 オレに告げた英雄が、シンヤと正面から対峙した。

 場の緊張感が、痛い。と言っても、英雄はどこか余裕そうでもある。シンヤが英雄に向けてナイフで切りかかった。英雄がそれを余裕で避ける。いつかの再現みたいだ。
 英雄がシンヤの手からナイフを弾き飛ばして、足を掬った。バランスを崩したシンヤが、床に横倒しになる。英雄がその上からシンヤの手をねじ上げた。
「君じゃ僕に勝てない」
「えばるなよ、人殺しが」
 悔しそうにシンヤが言う。
 ちらりとオレを見た。
「俺は…」
 シンヤの瞳が揺らぐ。なにを、しようとしてる?
 オレがシンヤだとしたら、なにをする?
 迷ったようなシンヤの瞳が、静かに伏せられた。
 それでオレはわかってしまった。
「英雄!」
 叫ぶ。
「自爆する気だ!!」
「俺はお前に助けられたくなんかない!!」
 シンヤが叫んだ。最後の言葉を言い終える前に英雄がその口に手を挟みこむ。
 差し込まれた英雄の手にシンヤが思い切り噛み付く。英雄の皮膚が裂け、血が流れた。英雄が顔をしかめる。
「自爆装置、か。奥歯に仕込んだな。まあ、確かになければ意味がない」
 尚も英雄の手に噛み付き続けるシンヤを見る英雄の目が変わった。
「そんなに僕が赦せないか?」
 返事の代わりにシンヤが睨む。
「そうか」
 言った英雄がシンヤを仰向けにした。手を抜こうとはしないまま、馬乗りになるような格好で、空いた手で銃を抜く。
「僕は君がとても好きだった。由希子さんも勿論大切だった」
 英雄が銃口をシンヤの胸に押し当てた。
「君の言う通りだ。僕はいつまでも人殺しだ。そのことを忘れたりはしない」
 英雄がなにをしようとしているのか、さっぱりわからない。
 憎しみを絞り出すように睨みすえるシンヤとは違って、とても穏やかな顔をしているのに、それが怖い。
「ありがとう、シンヤ。そしてさよなら」

 英雄は、シンヤの胸に押し当てた銃の引き金を引いた。

 シンヤの体が衝撃で大きく揺れる。一瞬宙に浮いた足が、力なく床に叩き付けられた。
「シ…ンヤ…?」
 目を閉じたシンヤは動こうとしない。
 なにが起こった?
 なんで?
 英雄が…シンヤを撃った?
「シンヤ!」
 全身の力が抜けたシンヤを確認してから、英雄がシンヤの口から手を引いた。肉が抉り取られたような傷口から血が流れ出ている。痛そうに顔をしかめる英雄に、オレは駆け寄った。
「お前、なんてことするんだ…!」
 英雄はきょとんとしていた。
「なんてこともなにもシンヤを助けたんだよ」
「馬鹿かお前!殺してどうすんだよ!」
「殺してないよ」
 英雄がシンヤの上からどいてみせた。シンヤの体にあるはずの傷口がどこにもない。
「空砲。至近距離で撃ったからしばらく目を覚まさないよ」
 英雄はそう言ってにこりと微笑んだ。
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