英雄はシンヤをガイナスに渡した。
「ここを出た先にハンズスの車がある。目を覚ませば抵抗するだろうから、シンヤから取ってもらってくれ。君は、大丈夫だろう?」
ガイナスがこくりと頷いた。生気が抜けているみたいで別人みたいだ。
「目が覚めたら、君が傍についていてやってくれ」
英雄の言葉にガイナスが首をふった。
「きっとシンヤは僕が嫌いだよ…だって、僕が…!」
「だから君らは傍にいなきゃダメだ」
ガイナスに言い聞かせるように頭を撫でて、英雄は再び立ち上がった。
「行こうか、クレバス」
なんでもないように笑ってみせる。それがなんだかひどく悲しかった。
人気のない通路を小走りに進む。
「…恐ろしいほど人がいないな」
英雄が拍子抜けしたように言う。
「ガイナスが、引き払わせたって」
「それにしたって居なさすぎだよ。この調子で幹部連中までいなかったらと思うと眩暈がするね」
「幹部って、強いの?」
「全然」
英雄の返事にぴたっとオレの足が止まった。
「え?」
「幹部にあるのは事務処理能力とコネかな。権力の上に立つってそういうことだよ。所謂悪知恵のほうが必要になる。こと戦闘になればSPにでも守ってもらわなきゃ全然だめだね」
当たり前だと言わんばかりに英雄が言った。
「…そうなの?」
「そうなの」
階段を登りきる。
他とは違い、やや豪華なつくりの両開きの扉があった。
「幹部室だ」
英雄が言う。
オレは急に不安になった。
昨日、ハンズスが言った。
『組織の主要メンバーはどうする?』
英雄は『必要があれば殺す』と言ったけど、本当だろうか。
確かにオレにもう誓えないとは言った。
言った、けど。
頭がぐるぐるする。なにが正しいのかなんてわからない。
殺さなければ終わらないものもあるんだろう。
でも、オレは。
英雄の背中を見つめる。
英雄、オレは…
英雄が、その扉を開けた。
真っ暗な室内に血の匂いが充満していた。
月明かりが照らすシルエットで、そこに人がいるのがわかる。
円卓の机を囲むようにして座っている人間には、皆一様に首から上がなかった。
「遅かったな」
唯一立っている人間がそう告げる。
きらきらとした光の粒子が糸状に紡がれ、その手から伸びていた。
聞き覚えのある艶のある声。すらりとした体躯。流れるような銀髪が、月明かりになびいている。
「セレン!」
オレが叫ぶと、セレンはにこりと微笑んだ。
オレを抱き上げて、英雄に歩み寄る。
「お前が遅いから、私が皆片付けてしまったぞ」
「セレン…」
英雄が戸惑うようにセレンを見た。
「どうせお前は殺さないんだろう?」
英雄の迷いを見透かしたようにセレンが笑う。
「私に感謝するんだな」
言われた英雄は、静かに俯いた。
あっけなさ過ぎるような幕切れに、実感がわかないままその場所を後にした。少し離れた場所に止めてあるハンズスの車へと向かう。ハンズスの車のそばに救急車が来ている。
駆け寄ると、アレクとハンズスがオレ達に気づいた。
「首尾ハ?」
アレクが聞く。
「全部終わったよ」
英雄が肩を降ろしながら言った。
「そっちは?」
「ダルジュがあまりにひどかったからそっちにかかりっきりだ。今終わってな。子供たちは先の救急車で病院に送ったぞ。向こうで摘出する」
そう言うハンズスが汗びっしょりだ。
「シンヤは?目を覚まさなかった?」
「麻酔をぶち込んどいた。目が覚めるころには終わってる」
「そうか」
英雄が、初めてほっとしたような表情を見せた。
救急車に乗り込んだハンズスとアレク、ダルジュを見送って、英雄はハンズスの車に乗り込んだ。アレクのバイクは置き去りになるけど、後で本人が取りに来るらしい。
「終わったかあ、実感がないなあ」
英雄が車を運転しながらぼやいた。
「クレバスもそう思うか?」
後部座席、オレの隣に座ったセレンが聞く。
「うん。…なんとなく、こう、ラスボス戦すっとばしてエンディングに入ったゲームみたい」
「そうか」
私が肝心なところをとってしまったからなあ、とセレンは言った。
「よし、お詫びだ。これをあげよう」
そう言って、セレンがオレになにかを渡す。黒いスティックにボタンがついていた。
「なにこれ」
「いいから押してごらん?」
言われて、ボタンを押す。
閃光が走ったかと思うと、物凄い轟音を立てて組織の敷地が全部吹っ飛んだ。
英雄が慌てて急ブレーキを踏む。
「セレン!」
抗議するような英雄にセレンがいつもの微笑で答えた。
「私が爆弾も扱うと知っていたろう?私をペテンにかけるなど、あいつらも随分馬鹿にしてくれたものだ。まだお釣りが来るくらいさ」
言葉を失った英雄が、呆れた顔で立ち昇る黒煙を見つめている。
やがて諦めたように再び車を動かしだした。
道の先に、朝陽が昇り始めていた。
第35話 END