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第36話 「それから…」

 それから、英雄は眠ることが多くなった。
 今までソファでごろごろしていたのがベッドに移っただけだという説もある。それでも確実に、そこで過ごす時間は多くなった。薬のせいだとハンズスは言った。
 警察を辞めたハンズスは、英雄にずっと付き添ってくれている。オレが学校に行っている間も、日中時間の許す限り英雄のそばにいた。
 初め「刑事を辞めた」というのを冗談だと思っていたらしい英雄は、本当にそうなのだとわかった瞬間なんとも言えない表情をした。
「君は馬鹿だ」とハンズスに告げる。ハンズスは笑って、「これくらいはさせろ」と言った。
「もっとも医者としても、なんの役にも立てないが」
 そう言ったハンズスは、どこか哀しげな目をしていた。
 
 そんなハンズスが、マージとの式をこの家でやりたいと言った時に、英雄は断固として反対した。
「一生に一度の式をなにが悲しくてこんなところでやるんだ。僕に気を遣ってるっていうんなら、それは大いなる間違いだぞ!」
「だが、英雄」
「義兄さんと呼べ」
「新手の嫌がらせか?」
 ハンズスが眉をひそめた。
「事実じゃないか。妹さんをくださいと言ってみたらどうだ?」
 英雄はどこかからかっているようでもあった。
「大体、マージにこんなみっともない姿見られたくない」
 むっとしたように英雄が言う。たぶん、本音だ。
 ハンズスもそう思ったんだろう。わかったと返事をした。

 それからの展開がめちゃくちゃ早かった。
 大人のそういう世界ってよくわからない。
 結婚しましょう、はいしましょうでこんなに早く準備が済むものなんだろうか?と教会の前で呆然とする。あれから2ヶ月もたってないぞ?
 子供サイズのタキシードが、死ぬほど自分に似合ってないと自覚する。というか、そわそわしてこんな礼服落ち着かない。ぴかぴかの革靴も自分のものじゃないみたいだ。
 嘘みたいだけど、今日がマージとハンズスの挙式の日だ。
 英雄が慣れない手つきで髪を撫で付けた。オールバックにすると老けて見えると正直な感想を告げたら、悲しそうな顔をされた。
「嘘でいいからカッコイイと言ってくれよ」
 そう胸を張る英雄は、やっぱりどこか似合わないタキシードを着ている。
 それにオレより落ち着いてないみたいだ。
「新婦さんの準備が出来ましたよ」
 呼ばれてマージの控え室に向かう。
 教会の控え室、ステンドグラスが光る中に純白のウェディングドレスをまとったマージが座っていた。白い生地が光を反射してる。別人みたいにすごく綺麗だ。
 隣で英雄が息を飲むのがわかった。
「英雄…」
 英雄を見つけたマージが立ち上がった。
「あ、あ。おめでとう、マージ。すごく綺麗だ」
 英雄がマージの頬にキスを落とす。マージが嬉しそうに微笑んだ。
「君に出会えてよかった。幸せにおなり」
 英雄がマージを愛おしそうに抱きしめた。マージが涙目になって頷く。
「英雄、あなたも」
「僕は十分幸せだ。ほら、エスコートしよう。父さんの代わりに」
 英雄が腕を差し出した。マージがその手をとる。
 静かに歩き出した。
 英雄の黒いタキシードが、もしも白かったなら、それはいつかオレが描いた未来そのままの姿だった。英雄の隣に、ウェディング姿のマージ。もう届きはしないけど。
 道程の途中で英雄が立ち止まった。目の前に、白いタキシード姿のハンズスが立っていた。
「後を頼む」
 そう言って英雄がマージの手をハンズスに手渡した。
「わかった」
 ハンズスが真摯な顔で頷く。
 オレが見たハンズスの中で一番かっこよかったと思う。
 見届ける英雄の背中が、少し寂しそうだった。


 それから、英雄はさらに寝ることが多くなった。
 心残りをひとつ消化したらしい。
「やることないなあ」
 そう言いながらごろごろするのが日課だ。
「事務所行けよ。やることあるだろが」
「もうとっくに解約しちゃったよ」
「はあ!?」
 いつの間にだ。全然聞いてない。
「お前たまに出かけてたじゃないか!オレ、てっきり仕事行ってんのかと…なにしてたんだ!?」
「ん?仕事」
 英雄がすました顔で答えた。
「どこにだよ!だいたいそんなの誰かに頼めよ」
「言ってることが矛盾してるよ、クレバス。僕じゃなきゃ意味がないんだ。まあ、こないだやっと解決したからいいけど」
 英雄は窓を開けると、その桟に見慣れぬ指輪を置いた。
 小さなダイヤが陽光を反射する。内側になにか書いてある気もするけど読めない。
「なんだよそれ」
「別に」
 英雄はあくびを噛み殺しながら、ごろりとソファに寝転がった。
「ちょっと寝るよ」
「窓開け放してると風邪引くぞ」
「いいよ」
 言うが早いか寝息をたてる。
 ったく、こいつは。
 毛布をかけようとして、英雄の顔を見る。少し、やせた気がする。
 夕食の支度でもしようと、キッチンに向かう。なにか影が後ろで動いた気がした。
 振り向いて、景色の中に違和感を見つける。
 さっき英雄の置いた指輪が消えて、代わりにマーガレットの花が一輪、置かれていた。
 横切った影に見覚えがある。
 オレは慌てて玄関から飛び出した。
「シンヤ!」
 オレの声に、去りかけていたシンヤが足を止める。
 道路わきにバイクをふかしたガイナスが待っているのが見えた。
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