DTH

 君の呼ぶ声がする。何度も呼んでくれてる。
 大丈夫、そんなに慌てなくていい。もう僕はどこへも行きやしない。第一そんなに慌てたら転ぶよ?
 ああ、ほら、言わんこっちゃない。大丈夫かな。
 なあ、ハンズス。僕はろくな死に方をしないと思ってたんだ。
 なのにあの子の声に包まれて逝ける。
 なんて幸せな最後だろう。上出来すぎて、少し怖いくらいだ。



第37話 「Love Letter」



「英雄!」
 叫びながらドアを開けると、そこにいた全員がオレを振り返った。ハンズスにマージ、アレク、ダルジュにセレン。皆がベッドを囲むようにして立っていた。ただベッドに寝ている英雄だけが動かない。
 英雄の手首を握っていたハンズスが、口を開いた。
「たった今…」
 たった今、英雄は旅立ったのだと、そう言った。
 重たいなにかで頭を殴られたみたいだ。目の前が暗くなる。
 瞼を閉じてベッドに横たわる英雄は、本当にただ昼寝をしているようで、オレはハンズスが何を言っているのかわからなかった。わかりたくなかった。
 だって今日はいつもの火曜日じゃないか。
 天気だってこんなにいい。
 いつものように英雄はオレを見送ったじゃないか。いってらっしゃいと、笑って。
 今だって、ただ寝てるだけなんだろ?だってそうとしか見えない。綺麗な寝顔だ。
 ああでもだったらなんでオレはここに来たんだ。
 最後になにを話したっけ?
 必死に記憶をたぐりよせる。
 だって、嗚呼、最後だなんて思わなかったから。オレ覚えてない。全然覚えてない。
「最後のお別れをなさい」
 セレンが言った。
 軽く背を押されて、英雄に近づく。床の感覚がなかった。ふわふわとまるで頼りない。自分が歩いているのかすらわからない。
 ハンズスが気遣いながら、握っていた英雄の手をオレに渡す。
 触るといつだって握り返してきた英雄の手が、動こうとしない。恐ろしいほどの無力さが、そこに英雄はもういないのだと告げる。
 英雄の指の腹に、うっすらとナイフで切ったような古い傷があるのが見えた。
 こんなとこにも傷があったんだ。知らなかった…
 きっと、オレの知らないことがたくさんあるんだと思ったら涙が出てきた。
 まだ全然話したりない。もっともっと、話がしたかった。
『僕は死ぬ。その覚悟をしてほしい』
 英雄はそう言っていたけど。
 覚悟ってなんだ。
 驚かないことか?泣かないことか?責めないことか?
 出来るわけない。
 そんなの、出来るわけがない…!
「守るって、言ったじゃないか」
 自分の声が震えているのがわかった。
「オレに、嘘はつかないって。そばにいるって」
 嘘だ、オレは知ってる。英雄は謝ったじゃないか。もう傍にいられないと、守れないとオレに言ったじゃないか。
「ふざけんなよ…!」
『僕は弱くなった。でも、強くなったと思うよ』
 英雄が言ったとおりだ。オレも、そうだ。
 強くなって、弱くなった。
 今、立ち上がれないほどに弱くなったのは、英雄と過ごした時間のせいだ。


 英雄の手を握り締めたまま泣いているオレの肩に、アレクがそっと手をかけた。
「クレバス」
 首を振る。離れたくない。
 アレクが穏やかに微笑んで、オレから英雄の手をそっと離した。
「彼を休ませてあげマショウ」
 言いながらオレの顔をタオルで拭いた。嗚咽が止まらないオレを抱き上げて、オレの部屋へと運ぶ。
オレはアレクにしがみついて随分泣いたらしい。よく覚えていないけど、背を何度も撫でてくれたことだけは覚えてる。

 気づけば、オレは自分の部屋のベッドで壁にもたれながら膝を抱いて座っていた。
 もう夜になってる。部屋の中が真っ暗だ。
 泣きすぎて目が痛い。
 自分がなにをやっていたのかと考えて、英雄が死んだことを思い出した。
 昼間見た穏やかな寝顔を思い出す。
 いつか来る日だとわかっていた。それが来ただけだ。
 大丈夫、大丈夫だ。自分に言い聞かせて立ち上がる。顔を洗いたかった。
 ベッドから降りてドアに向かう。と、机の上に見慣れない白い封筒があるのに気づいた。
『クレバスへ』と書かれているそれが英雄の字だと気づいた瞬間に飛びついた。封を開けるのももどかしく、破り捨てるように中の手紙を取り出す。そこに、英雄からの手紙があった。
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