DTH
「手を上げろ!!」というのはこの国ならずとも、強盗共通のお決まりの文句だと思う。
だから、店にいた客はそれを聞いて悲鳴を上げたし、強盗もそりゃ自身の命運を賭けているわけだから、鬼気迫ってる。30代くらいの白人の男だ。拳銃を持った手が震えているあたりにも余裕のなさが滲み出ていた。血走る瞳が、黒と青の店内を見渡す。
選んだ店が、悪かったと思う。
ここは、”Green&Green”なのだ―――――
DTH番外編 「G&Gの華麗なる1日」
「強盗だよ」
カウンターに腰掛けた英雄が、セレンの出したカクテルに口をつけながら言った。
「強盗だな」
セレンが相変わらずグラスを磨きながら答える。
「強盗か」
ハンズスがどうしたものかと言わんばかりにカクテルの入ったグラスを見つめた。グラスの中のソルティ・ドッグはまだ半分と減っていない。
「カワイソウニ」
アレクが小さく嘆きつつも、オレを見て「怖くナイデスヨ」と笑う。
「大丈夫、みんないるし」
小声でアレクに答えた。店内のぴりぴりした雰囲気からカウンター周りだけ外れているみたいだ。なんだろう、こののんびり感は。
「手ぇ上げろってんだよ!ピアノ弾いてんじゃねぇ!」
構わずピアノを弾いていたダルジュにいらついた男が、引き金を引いた。弾丸がグランドピアノの足を掠める。店内に悲鳴が響いて、ダルジュが手を止めた。男を鋭く睨みつける。
「お」
セレンが感嘆の声を漏らした。
「今のはちょっと危なかったな」
「なにが?」
「あのピアノの足にはニトロが隠してあってね」
セレンの言葉に英雄が顔色を変えた。真っ青だ。見れば、アレクもハンズスも顔色を失っている。
「ニトロってなに?」
オレが聞くと英雄が答えた。
「ニトログリセリン。起爆性の非常に高い薬品。量にもよるけど1ブロックはいけそうだね」
聞かなきゃよかった。
「伏せろってんだよ!!」
男が天井に向けて発砲した。客が悲鳴を上げながら、床に伏せる。
「おお、あと3センチずれていたらダイナマイトだ。惜しかったな」
セレンが感心したように言う。
「店内でロシアンは止めないか?セレン」
英雄が呆れた。
「迎撃用だ。スリルがあってよかろう」
セレンの返事にアレクが深く重いため息をついた。
「馬鹿デス。つける薬もナイ」
「お前に理解できないだけさ」
セレンが鼻で笑った。
「そこ!喋ってんじゃねぇ!伏せろ!」
男がいらついたようにカウンターに銃を向けた。
「伏せろだって。どうする?刑事さん」
英雄が言った。
「じゃあ、伏せるか。刺激するのはよくないことだし」
やれやれとハンズスが腰を上げた。犯人に向けて、軽く両手を上げると、「わかった。撃たないでくれ」と半ば投げやりに告げる。
「クレバスもやってごらん。怖がって楽しむのがコツだよ」
英雄はどこか楽しそうに両手を上げた。イベントかなんかのアトラクションにでも参加してるみたいだ。
オレもしぶしぶ両手を上げた。
男はカウンターに子供がいるとは思わなかったみたいだ。オレを見て、一瞬驚いて、それからいらついたように「さっさと伏せろ!」と叫ぶ。悪い人じゃないかもしれない。
いや、強盗をする時点で人の道を踏み外してはいるけど、少なくともここにいる何人かよりは。
英雄達にならって伏せてみる。磨き上げられた床はひやりと冷たかった。
「金を出せ!」
男がダルジュに拳銃を向けた。知らないって怖い。
ダルジュがむっとしたような顔をする。
「おいおい、殺してくれるなよ」
横でハンズスが呟いた。現職刑事としても随分苦しい立場らしい。
たぶん聞こえたんだろう、セレンが声をかけた。
「渡してやれ、ダルジュ」
ダルジュがなにか言いた気な視線をセレンに寄越す。
「お客様の命には代えられないさ」
セレンがカウンターの中から肩をすくめて答えた。
ダルジュが舌打ちして、レジに向かおうとする。
「そんなはした金は失礼だろ?金庫の金を渡してやれ」
セレンの言葉にダルジュが振り返った。
「マジかよ!?」
「勿論」
にこりとセレンが返す。
「そ、そうだな。それがいい!そうしろ!」
男が改めてダルジュに拳銃を突きつけた。
ダルジュが忌々しそうに男を睨む。
「わかったよ」
ダルジュが男に背を向けた。
男を奥の従業員室に連れて行く。
オレはダルジュがそこで男を殺すんじゃないかと思ってしまった。
同じ心境だったらしいハンズスが、横で「頼むぞ、おい」と不安げな声を漏らす。
「殺しはしないよ。まあ、お客さんもいるからな。それより後始末を頼むぞ」
セレンがしれっとした調子でハンズスに耳打ちした。
途端にハンズスが苦い顔になる。
「なにをしようとしてる?」
「防犯訓練だとでも言ってくれれば良いさ」
セレンの答えは答えになってない。
ハンズスが問い詰めようとした時、ダルジュに拳銃を突きつけたままの男が戻ってきた。慌ててハンズスが伏せる。セレンが軽く両手を挙げた。
ダルジュの手にはアタッシュケースがふたつ。
「こんなに金があるとはな」
「決算前なので」
心底むかついてるんだろう。ダルジュの声に殺気がこもっている。
男がダルジュにアタッシュケースをそこに置くよう指示をした。ダルジュが言う通りにすると、「そこに伏せろ」と命じる。
ブチブチに切れたダルジュが、それでも男の指示に従っているのは、セレンが釘を刺したからに違いない。そうでなきゃ、あの男はもう息もしていないはずだ。
男が店内を見渡す。
そばの女性客に狙いを定めて、「立て!アタッシュケースを持つんだ!」と命じる。彼女を荷物持ち兼人質として逃走を図る気だ。
英雄とハンズスが目配せをした。
アレクもいつでも立ち上がれるようわずかに身を起こす。
「お前だ!立て!」
震えて立ち上がれない女性客に、再度男が命じた時、抗議したのはセレンだった。
「お客に手を出すのはやめてもらいたい。代わりに私が行こう」
英雄とハンズス、アレクがぽかんとセレンを見ている。
「お前が?」
男が銃口をセレンに向けた。確かめるように、セレンを上から下まで見つめる。
「いいや、ダメだ」
セレンは長身だし、ガタイだって悪くない。傍のひ弱そうな女性客とトレードするには、男に分が悪すぎたんだろう。
セレンも男の思考に気づいたらしい。
「成程、私一人では反撃の可能性があると」
言いながら数歩進む。男が「動くな!」とセレンに向けて構えた。
「では、こうしましょう。私には愛してやまない弟がいる。彼と私は二人で一人。共についていきます」
こつ、こつと足音が近づいてきた。
急に抱きかかえられて持ち上げられる。隣の英雄が呆然とした顔をした。
「なあ、クレバス?」
オレを抱き上げたセレンが右目を閉じてウィンクする。
オレは―――犯人も含めて―――店中の人間が唖然としてセレンを見た。
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