このシチュエーションをガイナスが見たらなんと言うんだろう、と男の車に乗りながらふと思った。弟って。また狙われる理由が一つ増えるんじゃないのか。
とりあえずセレンの提案を呑んだ男は、セレンにアタッシュケースを持つよう命じてオレに銃を突きつけた。
オレは見た。セレンがアタッシュケースに歩み寄る時、うっかりを装って英雄とアレクの鳩尾に蹴りを叩き込むのを。「動揺したようだ。失礼」とは言ったけど、抗議しそうな二人を真っ先に潰したに違いない。現に二人は抗議の声を上げるまさに直前だった。肺一杯に入った空気を叩き潰されたようなものだ。二人は声もなく撃沈していた。
後に聞いたところによると、オレとセレンを連れた犯人が消えてから、ハンズスが警察手帳を見せて「これは訓練です!ご迷惑をおかけしました」と叫んだらしい。
「どこが訓練だ!子供を連れて行ったぞ!」との抗議にハンズスは一瞬詰まったが、「従業員が内部手引きをしたケースを想定しています。この後人質交渉用の警察訓練に移ります。皆様ご協力ありがとうございました。引き続き憩いの時をお楽しみ下さい」と押し切ったらしい。
「スペシャルショーです。続きは後日」の方が良かったんじゃないかとは英雄の弁だ。
まあ、それはともかくとして、オレは男の車の後部座席に座っていた。隣には男。運転席にはセレンだ。
「いいか、妙なマネしやがったらコイツの命はないぞ」
男がオレに銃を押し付けながらセレンに言う。
余裕そうにバックミラーを調整したセレンが確認するようにオレの様子を見て、「わかりました」と殊勝な返事をした。
「どこに行きます?」
セレンの問いに男が隣町の病院名を告げた。頷いたセレンがアクセルを踏む。
きゅるるるるとエンジンが鳴き、車が猛スピードで発進した。
男と共にシートに押し付けられる。
忘れてた。セレンはスピード狂だ。
「てめぇ、ふざけるな!」
男がセレンに銃を突きつける。
「え?」
セレンは何が悪いのかわかっていないようだ。
「スピード落とせよ!殺す気か!」
男がわめく。セレンはひどく気分を害した顔で、スピードを緩めた。
「なんてヤツだ」
男がため息をつきながら、シートに深く座った。ちらりとオレを見る。
怖がって泣いたほうがいいんだろうか。
でも、さっきから男の後頭部にちらちらと赤い光の点が見える。時にすべるようにセレンの後頭部にも当たるけど…これ、アレクのレーザーサイトだよな。狙いをつけている証だ。
バックミラーに見える車は英雄のだし。オレはむしろ隣に座ってるおっさんの未来の方が気にかかった。
「ごめんな、もうすぐ終わるから」
男がこれまでとは違う、ひどく穏やかな声でオレに言った。
オレが怖くて言葉も出ないんだと思ったんだろう。
「…どうして、こんなことするの?」
男の瞳が揺らいだ。とても悲しそうな顔をする。
「俺にも、お前くらいの兄弟がいてな。妹だ。病気で、手術しなきゃ死んじまうんだ。でも、俺には金がない。なんも出来やしない。医者は金がないなら死んでくのを見てろって言うんだ。
ちきしょうと思ってあの店の前を通ったら、笑い声が聞こえてきやがる。俺はこんなに苦しいのに、中では酒飲んで笑ってるヤツがいるんだと思ったら、むしゃくしゃして、それで…」
ごめんな、と男は重ねて言った。
「俺にはあいつしかいないんだ。この世でたった二人の家族なんだ…!」
セレンがぴくりと反応した気がした。
「その金があれば足りるのか?」
男に聞く。
「ああ、十分だ」
返事を聞いたセレンが、窓を開けてなにかを放る。
後ろの英雄の車がハンドルを切りながら急ブレーキを踏んだ。直後に爆発が起こる。
「なんだ!?」
夜空に浮かぶ赤い炎を見て、男が叫んだ。
「事故ですかねぇ」
セレンが間延びした声で答えた。絶対嘘だ。
気づけばアレクのレーザーサイトも消えてる。追撃を振り切ったらしい。
セレンは満足げな顔でアクセルを踏んだ。
男の指定した病院に車を乗り付けると、セレンはアタッシュケースを持って降りた。
男もオレを連れて降りる。
「ここでいいだろう」
そう言ってセレンがアタッシュケースを置いた。
「ああ」
いつの間にか主導権がセレンに移ってる。それに気づかない男がアタッシュケースを見つめた。妹がいるであろう病室を振り返って、ケースを睨む。
「帰ろうか、クレバス」
セレンがそう言って男に背を向けオレの手を引く。
「ま、待て」
男が声をかけた。しばし迷ったように唇を噛み締める。
「やっぱり、犯罪で得た金なんか…あいつは…これは…」
返す気なのか。
セレンが大袈裟にため息をついた。
「まいったな。アタッシュケースをどこかに落としてしまった。クレバス、知らないか?」
じっと見られて首を振る。
「ううん。知らない」
「誰かにもう拾われてしまっただろうなあ」
わざとらしく言ってセレンは男を振り返った。
「落としてしまった物はもう私とは無関係だ。好きにするがいい」
男が、手を組んだ。「神よ…!」と小声で祈る。
歩き始めたセレンが「さて、どうやって帰るかな」と呟いた。
「あの金、くれてやっただと!?正気かよ!?」
あの後迎えに呼び出されたダルジュは、セレンがした説明に絶叫した。
「まあいいじゃないか」
セレンがどこ吹く風で答える。
英雄とアレクは、手の甲やら頬やらに傷バンドを貼っていた。うつろな笑みを浮かべる様子がちょっと怖いかもしれない。
「なぜ僕らは強盗がいた店内より怪我をしているんだろうね?アレク」
「ワカリマセン」
「車の運転が下手なんだろう。ドライブには気をつけることだな」
セレンが断じた。
「まあ、結果人助けになったなら」
ハンズスがなだめる。
「なってねぇよ」
ダルジュが吐き捨てた。
「お前がそんなに金に執着するとは思わなかったな」
セレンの意外そうな言葉にダルジュが噛み付く。
「あの金はただの金じゃないだろう!忘れたのかよ、セレン!ロンダリングの途中だから預かってくれって頼まれた…」
ダルジュの言葉を引き受けるようにニュースが流れた。
『妹の手術代をニセ札で支払った男が逮捕されました。ロバート・D・フッド容疑者(35)。
妹の手術はすでに終わっており、病院は男に対して損害賠償で告訴する方針です。容疑者は、ニセ札を拾ったと言い張っており、当局では入手経路を――――――――』
G&Gの華麗なる1日【完】 2005.6.5