DTH

 クジを引いた英雄とハンズスは、ちらりと互いを見て、それからもう一度クジを見直したらしい。
 ダルジュの頬はひくついて、アレクは一瞬無表情になったらしいけど、オレに確認する術はない。
「おっと、開始時間まであと八分だな」
 時計を見ながら、英雄が言った。
「ひとまずチームで分かれようか。作戦会議も必要だろう」
 ハンズスが言う。それを契機に、アレクとダルジュは別室へ移動した。作戦など必要ないと互いの目が言っていたというのは、ハンズスの弁だ。
 皆がいなくなった部屋で、英雄とハンズスは立っていた。
「……作戦会議が必要、だって? 誰に?」
 英雄が言う。ハンズスが眼鏡を外して、スポーツ用のゴーグルに付け替えた。
「どっちにしろ開始と同時に潰しあいは避けたいだろう」
 ゴーグルのゴムを調整しながら、ハンズスが呟いた。
「いつ以来だろうな。お前と組むの」
 ハンズスが水鉄砲――ハンドサイズのウォーターガンを構え、引き金を引く。吐き出された水は放物線を描いて、三メートルほど先に落ちた。
「意外と飛ぶな」
 ハンズスが感心したようにウォーターガンを眺めた。普通の銃よりやや大きなそれは、まだたくさんの水を蓄えていた。
「水圧を高めればもっと遠くまでいけるさ。痛いだろうけど」
 英雄が頭を掻く。ハンズスが頷いた。
「クレバスに当てないようにしなきゃな」
「……大学以来じゃないかな」
 英雄がぽつりと呟いた。
 ハンズスの目が瞬く。
「君と組むの。バスケのチームで一緒だった」
 ずっと考えていたらしい。ハンズスの唇が微笑んだ。
「お前は忘れてる。刑事時代に一緒に強盗を捕まえた」
「あれは仕事だったじゃないか」
「関係ないさ。いつもお前は俺に遠慮してたわけだし」
 本当の力なんて、かけらも見せなかったのだろうとハンズスは言った。途端に、英雄が苦い顔をする。
「そんな顔をするな」
 今日はレジャーだろう、とハンズスは笑った。
「俺は気にしてない。で、勝算は?」
 肩を叩かれた英雄の頬が緩む。イタズラッ気を滲ませて、英雄は言った。
「彼らは君の力を見くびっている。だから、多分勝てるよ」
「“生真面目なお坊ちゃん”だからか? 言われ飽きたな」
「それだけでよく絡まれてたな。君もやり返すもんだから、僕はひやひやしたよ」
「馬鹿にされて黙ってるわけがないだろう」
 ハンズスが憮然とする。肩をすくめた英雄が、ふと笑みを引っ込めた。
「僕も言ったことがあるな。君にわかるわけないって」
 ごめん、と英雄は言った。
 ハンズスの動きが止まる。英雄はウォーターガンを弄り続けた。
「いつ謝ろうかと、ずっと思ってた」
 オモチャながらも銃を象ったそれを、英雄は握り直す。
 ハンズスの話によると、英雄がそう言ったのは随分昔のことだったらしい。マージのお父さんを撃った英雄を、ハンズスが宥めた時のことだ。黙ってマージの家から立ち去ろうとする英雄の腕を掴んで、絶対に行かせないと叫んだ。それに対して、英雄は言ったのだ。
「君に僕の気持ちなんてわかるわけがない!」
「俺は家に恵まれてるし、能力もそこそこある。だから、人の痛みなんてわからないだろうと、よく言われたよ」
 いろんな人にね、とハンズスは言っていた。そう言われたハンズスの気持ちもまた、誰も理解しないんだろう。なんだかオレはそう思った。
「だけどね、彼はその分思慮深く、相手を思いやることができるよ」
 いつか英雄はオレにそう言っていたけれど。
 言葉は心を抉る。どれだけ時が過ぎようと、忘れるはずもない。
 だからハンズスは、英雄が言っているのがあの時のことだとすぐにわかったらしい。
「英雄……」
 ハンズスは絶句した。次に言葉を発しようとした時、セットされていた時計のベルが鳴った。

 開始の合図だ。

 ベルが聞こえると同時に、ダルジュは舌打ちして走り出した。胸にはアレクから奪い取ったゼッケンが巻いてある。
「俺はやらねぇぜ」
 開始前、そう言い捨ててゼッケンを投げたダルジュに、アレクは言ったのだ。
「いいデスケド」
 私、きっと避けられマセンヨ、と。
 途端にダルジュの顔に広がったという嫌そうな表情は、オレは見なくてもわかる気がした。遠距離サポートが主な担当であるアレクに機敏性を求めるのは酷な話だ。ダルジュもそれがわかったんだろう。おまけに得物はウォーターガン。長距離射撃なんて無理な話だ。アレクの特性を生かせるとはとても思えなかった。
「わかったよ!」
 アレクの手からダルジュがゼッケンを奪い取る。ゲームの開始までにした会話はそれだけだったとアレクは言った。

 二階にいたオレの耳にもベルの音が聞こえた。
「始まったな」
 セレンが淡々と告げる。手にしたウォーターガンを珍しげに陽にかざした。
「そういえば」
 古びたテーブルに乗って、セレンの胸にゼッケンを結びながら、オレは聞いた。
「セレンって、銃使えるの? 見たことないんだけど」
「私か」
 呟いたセレンが、銃を構える。
「私はな」
 瞬間、なにかの気配に気づいたセレンが、オレを抱いて床を蹴った。さっきまでオレ達がいた場所で、水が弾け飛ぶ。オレがいたテーブルの表面を削るあたり、相当水圧を高めてあったようだ。
「来たか」
 放置されていたロッカーの陰に滑り込んだセレンが微笑む。
 視線の先に、窓から滑り込んできたアレクがいた。
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