DTH

 パートナーが誰になるかを知った時、ダルジュは遠慮なく「げっ」と口にしたし、ハンズスは低く呻いたと英雄は言っていた。そういう英雄はアレクと目をあわせて、「まあ、これはこれでいいか」なんて思ったらしいけど。
「あの二人、仲悪そうだよね。性格も反対だし」
 とオレが言ったら、
「そうかな? 僕にはよく似ているようにみえるけど」
 答えた英雄はまるで気にしてないようにコーヒーを飲んでいた。
 ダルジュとハンズス。まるで正反対だと思うんだけど。どこをどうしたら似ているなんて結論になるのか、オレにはさっぱりわからない。
 それはともかく、あの日の話だ。
 固まったように動かない二人に気を使って、英雄とアレクはその場を後にした。
 クジを手にしたまま、ダルジュとハンズスはしばらく固まってたらしい。
「よりによってお坊ちゃんかよ、使えねぇ」
 ダルジュが吐き捨てると、
「よく吼える。気の小さい犬みたいなヤツだな」
 ハンズスが言いながら眼鏡を外した。ダルジュがその胸倉を掴み上げる。
「んだと!?」
 ダルジュの射るような視線を、ハンズスは正面から受けた。
「こうやってすぐに暴力に訴えるのは、習慣なのか? クレバスが真似する前に直せよ」
「てめぇの指図なんざ受けねぇよ!」
 ダルジュが乱暴にハンズスを突き飛ばした。襟元を直すハンズスに背を向け、ぽつりと呟く。
「なんだってこんなヤツと! 言っとくが、俺は、遊びだからって負けるのなんざ御免だぜ……!」
「そうだな」
 ハンズスがスポーツ用のゴーグルをかけた。割り振られたゼッケンを手にし、ダルジュに訊ねる。
「お前がつけるか? それとも俺が?」
「あ?」
 ダルジュが無遠慮にハンズスを睨み返した。
 ハンズスが呆れたように嘆息する。
「こうやって時間をロスしているのがムダだとわからないのか? 俺達は互いを知らない。開始までにせめて話ぐらいはしておくべきだろう?」
 優等生然とした言い方が気に食わなかったんだろう。ダルジュの頬がひくついた。
「負けたいなら構わない」
 それこそ英雄達の思うツボだな、とハンズスは言った。ダルジュの耳がぴくりと動く。
「どうせ俺達が手を組むなんて思ってるヤツはいないだろうよ。皆の予想通りの展開になるわけだ」
 そこまで言った時、ダルジュがハンズスの手からゼッケンを奪い取った。
「うるせぇな! やりゃあいいんだろが!」
 それでいい、とハンズスが微笑んだ。
「じゃあ、話してもらおうか。彼らの特性・不向きなこと。ざっとで構わない。時間がないからな」
 ハンズスのゴーグルが光る。不敵な笑みを浮かべる唇を見ながら、ダルジュは乗せられたことを自覚した。


 開始のベルは、オレとセレンがみんなと別れてから、きっかり十分後に鳴った。


「誰も、こないね」
 オレ達のいるフロアは、がらんとしていた。ビルの二階。放置されたロッカーがあちこちに点在してる。が、人影はまるで見当たらなかった。
「あの子達は楽しんでいるようだよ」
 壁に耳を当てていたセレンが、静かに微笑んだ。
「なにか聞こえる?」
「靴音がね」
 懸命に走り回っているようだ、とセレンは告げた。
「行こうか、クレバス」
 ゼッケンを手にしたセレンが立ち上がる。と、オレにゼッケンを巻きつけた。
「行くって」
「せっかくのイベントだ。楽しもうじゃないか」
 そう言って、セレンはオレの手をとった。


 セレンの言葉通り、英雄は全力で走っていた。時折わざとジグザグに走っては、後ろから来るダルジュの水弾をかわす。
「ちょこまか動いてんじゃねぇ!」
 英雄を追いながら、ダルジュが吼えた。
「無茶を言うなよ」
 開始のべルが鳴ると同時にダルジュが現れたと思ったら、これだ。英雄は胸に巻いたゼッケンを見て溜息をついた。
「後方でフォロー、シマス」
 アレクはそう言っていたけれど。
 この場合、後方ってどこだ。
 英雄がビルの真ん中にある吹き抜けのフロアを横切った。次いで、そこを駆け抜けようとしたダルジュの足が止まる。
 気配を察し、上を見たダルジュの頭上からバケツが降って来た。
「あぶねぇ!」
 飛び退るダルジュの鼻先を掠めて、バケツが落下する。目一杯の水を湛えたバケツは、金属音を響かせながらあたりに水をぶちまけた。
「アレクか。やってくれる」
 振り向きながら英雄が呟いた。階段の上に、手を振るアレクの姿が見える。
「殺す気かよ」
 床に叩きつけられ、変形したバケツを見ながら汗をぬぐったのはダルジュだ。確かに、あんなものが当たったら、無事ではすまないだろう。
 ダルジュが足を止めているうちに、と、距離を稼ごうとした英雄は、次の瞬間、何かに足を引っかけた。
「わ!」
 転びかけながら、ドアの中から足を出したハンズスがいるのを見た――ウォーターガンを自分に向けて構えてる――英雄は自分も撃ちながら、床に手をついた。すぐさま一回転して、姿勢を直す。
「君らが手を組んだとは思わなかったな」
 ゼッケンの隅が濡れている。それを知った英雄の額に汗が滲んだ。
「今だけさ。意外だったろ」
 ハンズスがにやりと笑った。その胸にも、ゼッケンが巻かれている。
「いいや、嬉しいね」
 互いのゼッケンに狙いを定めたまま、英雄もハンズスも動けなかった。緊張の時が流れる。
 沈黙を破ったのは、セレンの優雅な声音だった。
「僥倖だな、クレバス。カモが雁首揃えて撃ってくださいと言っている」
 はっとして、ハンズスも英雄もオレ達を見た。セレンに促されて、階下に下りてきて、すぐに二人を見つけた。オレとしては、黙って撃ったほうが早かったんじゃないかと思うんだけど。
「セレン!」
 英雄が叫ぶ。
「伏せてろ、馬鹿!」
 ダルジュの声と共にバケツが飛んでいた。
「おや」
 頭上を軽々と飛び越えるバケツに、セレンが感心したような声を漏らす。ハンズスが一足早く部屋の中に飛び込んだ。
 セレンの指先が動く。
 放たれた鋼糸は、バケツを二つにわっていた。中の水が、巨大な輪を描くように膨らんだ。そのまま、スコールのような勢いで辺りに降り注ぐ。
「く……!」
「残念だったな」
 セレンが勝ち誇ったように告げる。胸に抱き寄せられたオレは無事だけど、オレをかばったせいで、セレンはずぶ濡れだった。
 英雄も同様らしい。水滴の落ちる自分の前髪を悔しそうに見てる。ゼッケンの胸の部分は守れても、背中までは至らなかったようだ。ここからでも、シャツが濡れているのがよくわかる。肩が透けて見えた。
「ソウでもないデス」
 アレクがにこやかに答えた。
 通路の反対側から駆けつけたらしい。やっぱりずぶ濡れになりながらも、英雄の上に板をかざしていた。肩から下、ゼッケンは濡れていないようだ。
「アレク」
 英雄がほっとしたような声を漏らす。
「仕切り直しデスネ」
 微笑んだアレクが、掌で二・三度弾いた物体。
 水風船だ。
「クレバス、行きマスヨ」
 言うが早いか飛んでくる。
 セレンがオレを抱き寄せたまま、傍らの部屋に飛び込んだ。そのまま、ドアを閉める。
 ふう、と一息ついて、オレは気づいた。
「ここって、ハンズスの飛び込んだ部屋じゃなかったっけ?」
「そのようだな」
 セレンが水で重さを増した前髪をかきあげる。その視線の先に、ゼッケンをつけ、オレに狙いを定めたハンズスがいた。
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