DTH2 カサブランカ

第3話 「気持ちの種類」

 夢で分類するなら、これは悪夢の類だろうとハンズスは思った。
 自分の意思とは無関係に生きている英雄。彼がそれを良しとするとは思えない。
 英雄が自分の行く末を決めるのに、葛藤がなかったなんて言ったら嘘だ。散々迷って、決断して、だからこそ自分は傍にいた。
 なのに。
 セレンのしたことは生者と死者双方の尊厳を踏みにじる行為だとハンズスは思った。
 家のキッチンで、紅茶を淹れる自分の手が震えるのを自覚する。
 冷静にならなくてはと言い聞かせるハンズスの手に、そっとマージが手を重ねた。いつの間に傍に来たのか、心配そうにハンズスを見つめている。手のぬくもりが独りではないのだと告げていた。
「ありがとう、マージ」
「ハンズス…」
「俺は大丈夫。君とアリソンが傍に居るから」
 ハンズスの笑顔につられるように、マージもぎこちなく微笑んだ。
 
 
 居間にはレストランから場を移した一行が揃っていた。
 クレバスにアレク、ダルジュとカトレシア、シンヤとガイナスがソファに座っている。
「今までどこにいたんだ?」
 ハンズスに差し出された紅茶を受け取ってシンヤが口を開いた。
「あの後、俺達は特にあてもなく旅をしていたんですが、途中の港町でガイナスが熱を出してしまって。そこをたまたま通りかかったパン屋のおかみさんが面倒をみてくれました。それで、ご好意に甘えて今まで…」
「ちょっとぉ〜、それじゃあ僕のせいみたいじゃん。違うでしょ。もう何度も出て行こうとしたの!いろいろうっとおしいからさぁ。そしたらそこん家にちっさい女の子がいたんだけど、僕らがこっそり出ようとすると気づいてさ、僕とシンヤのズボンを掴んでわんわん泣くの。その度におじさんとおばさんが起きてきてさ〜。出会った時なんか2歳だよ?もぅ〜、寝てればいいのに」
 ぶつくさと話すガイナスに、一同の視線が集中した。
「…なにさ?」
「いや、いいんじゃねぇか?」
 ダルジュがにやりと笑う。どこかからかいを含んだ笑いだった。
 ガイナスが拗ねたようにむっとする。
「いい人達だったんだな」
 ハンズスが言うと、シンヤが「はい」と答えた。
「少なくとも俺は癒されましたし、ガイナスは忍耐を学んだと思います」
「ヨカッタデス」
 アレクが微笑む。
「ちょっとぉ、それどういう意味!?」
 ガイナスの抗議に皆が笑った。空気が和む。
 途端にそれまで黙っていたクレバスが立ち上がった。
「クレバス?」
 気配が苛立っているのを感じたアレクが声をかけた。
「ごめん、オレ、ちょっと」
 言葉を濁したままクレバスが部屋を後にした。
 扉が閉まるのを見送ったシンヤが疑問を口にした。
「今日は皆さん集まっていたみたいですが、なにか…?」
「ああ、今日はクレバスの誕生日なんだ」
「誕生日?」
 怪訝そうなシンヤにハンズスが笑ってみせる。
「ずっとナシってのもなんだから、好きな日を選べばいいと言ったんだ。今日は、…あの子が、初めて英雄と出会った日だ」
 あの日オレは生まれたようなものだからと言いながら、今日という日を選んだクレバスの表情をハンズスはまだ覚えていた。どんなにその言葉を英雄に聞かせたいと思ったことだろう。
 ハンズスの言葉を聞いたシンヤは立ち上がった。
「俺が行きます」
 そう言って、シンヤはクレバスの後を追った。


 玄関を開けようとするクレバスにシンヤは追いついた。
「クレバス、待てよ」
 背後からするシンヤの声に、クレバスは足を止めなかった。構わずにドアノブを捻る。その背中を見つめたシンヤの目が細められた。瞳がわずかに軽蔑の色を宿す。
「ガキ!」
 吐き捨てるように言われた言葉にクレバスが振りむいた。シンヤの胸倉を掴んで壁に押し付ける。怒りを宿したクレバスの視線をシンヤは正面から受け止めた。
「んだと!?」
「自分のことしか考えてないからガキだってんだよ。他にあるか?」
「誰が自分のことしか考えてないってんだ」
「お前だよ、馬鹿。頭を冷やせ」
「冷やせるもんか!英雄が生きてたってのに呑気に茶なんかできるかよ!」
「皆お前に気をつかってるんだろうが」
 ぐ、とクレバスは詰まった。
 シンヤを掴んでいた腕から力が抜ける。
「わかって、るよ…けど」
 クレバスはその場に力なく座り込んだ。
「今さら…生きてましたって言われたって…しかもあんな形で」
 クレバスが、くしゃりと髪をかき上げる。
「オレ、泣いていいのかなんなのかよくわかんねぇよ…」
 力なく笑う姿を見て、シンヤがひざまずく。目線をクレバスに合わせた。
「アレクさんの気持ちを考えてみたのか?」
 意外な言葉にクレバスが顔を上げた。シンヤがその瞳を覗き込む。
「お前の面倒を見てくれたんだろう?5年も」
 クレバスはシンヤを黙って凝視した。言葉が、出てこない。
「簡単に出来ることなんかじゃない。あの人には帰る家だってあるんだ。その人にお前はなにをした?背を向けたな。いとも簡単に」
 クレバスの顔が歪んだ。否定をしかけて、しきれない。
「ちが…」
「何が違うんだ?」
 シンヤの言葉が胸に刺さる。クレバスは、泣きそうな表情でシンヤを見つめていた。
 
 居間に取り残された者は聞こえる会話に耳をすましていた。
「わぁ〜、シンヤ絶対聞こえるようにいってるぅ〜」
 わざとらしく感想を漏らしたガイナスが紅茶に口をつけた。
「だな」
 ハンズスが肩をすくめた。
「うぜぇ」
 ダルジュが吐き捨てる。マージとカトレシアは不安そうに事の成り行きを見守っていた。
「…仕方ありまセンネ」
 困ったように笑ったアレクが席を立った。
「アレク」
「ダイジョブ」
 気遣うハンズスに笑ってみせて、アレクは部屋を出た。
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