DTH2 カサブランカ
「セレン?」
回想を中断させたのは、当の英雄の声だった。
「なんだ、起きたのか」
「なんとなく」
英雄はセレンのいるベランダに足を踏み出した。
「薬は飲んだのか?顔色があまりよくないな」
「飲んだよ。いろいろ夢を見て」
「夢?」
「思い出せないけど…たくさん、見た」
英雄は頭を掻いた。クセだけは残っているものだなとセレンは妙に感心した。
「セレンは僕を英雄と呼ぶけど、…それは僕の名前?」
「どうかな」
「今日の人達も僕をそう呼んだ気がする」
薬の副作用のせいか、頭に膜が一枚張っているように英雄の記憶はあいまいだった。ただ、自分が呼ばれたのだと感覚が訴える。
「気にかかるなら自分で調べればいい。私は止めはしないさ」
「セレン…」
吹いた夜風に促されるように、英雄は月を見た。
赤みを帯びた黄色い満月。黄金に輝くその光が、誰かに似ていると心が囁いた。
翌朝、アレクが起きるとすでにクレバスが朝食の用意をしていた。子供の頃は椅子の上に立たなければ見えなかったキッチンも、今は小さいくらいだ。手つきがややぎこちないのは、久々なせいだろう。
「クレバス…」
アレクが目を丸くする。
「アレク、おはよう」
言いながらクレバスは焼きたての目玉焼きを皿に乗せてアレクに差し出した。
「久しぶりだからうまいかどうかわかんないけど」
なにか言いたそうなアレクの瞳を見て、クレバスは微笑んだ。
「昨日はごめん」
「そんなの全然気にしてナイデス!」
「うん…でも」
クレバスはそこで言葉を切った。穏やかに笑って、アレクを見る。
「昨日、あれからずっと考えたんだ。アレクは、気持ちに種類があるって言ったけど…オレはやっぱりアレクも大事だよ。アレクが英雄の立場だったら、オレは同じ事をしたと思う。だから、その、うまく言えないけど…」
そう言ってクレバスは自分の鼻を掻いた。
「これからもヨロシク」
「クレバス!」
照れながら笑ったクレバスにアレクは抱きついた。クレバスが慌ててフライパンを避ける。
「本当にイイコです!」
「買いかぶりすぎだって!」
「そんなことナイデス!」
心底嬉しそうなアレクを見て、クレバスはまた微笑んだ。
いろいろ話すこともあるだろうからと、一行は昼食に合わせて再びハンズス宅に集まった。
こっそりとアレクから事の顛末を聞いたマージはそっと胸を撫で下ろした。
「よかった…クレバス君らしくて」
「安心してもらえてよかったデス」
にこりと微笑むアレクにマージも笑ってみせる。二人は良き友人のようだった。
居間では、アリソンがシンヤとガイナスを興味深そうに見ていた。少し離れた距離のまま、じーっと二人を見つめている。それに気づいたハンズスが娘に合わせて視線を下げた。
「アリソンは昨日ずっと寝ていたからね。紹介するよ、パパのお友達でシンヤとガイナスだ。アリソン、ご挨拶は?」
「こんにちわ〜」
アリソンの間延びした声にシンヤが律儀に答えた。
「こんにちは、アリソン」
「こんにちわぁ〜!」
少しクセのあるセミロングの金髪をさらりと揺らしながら、幾分高いテンションで答えたガイナスをアリソンはじっと見つめた。見とれているようでもあった。
「どうした?」
「きれーなお姉ちゃん」
娘の答えに硬直するハンズスに構わずガイナスはアリソンを抱き上げた。
「あはっ!見る目のある子じゃない!メガネの子とは思えないよ!」
「メガネの子!?」
敏感にハンズスが反応する。シンヤは懊悩深くため息をついた。
それを見ている自分は多分目が点になっているに違いないと、クレバスは思った。
昼食はマージ手製のキドニーパイに、クラムチャウダー。サラダにピッツア。居合わせたメンツにあわせたのかもしれないが、どことなく破綻したメニューだった。
「で、これから君らはどうする?」
ハンズスの問いにシンヤとガイナスは顔を見合わせた。
「ちょっと顔を出すだけのつもりだったんだよね〜。そしたらこんなんになっててさ」
シンヤがちらりとクレバスを見た。
「俺達でも出来ることがあるなら…」
「ねぇよ」
むっとしたようにクレバスが言った。
「全然ない!帰れよ。関係ない話だろ」
ちょっと何それ〜、とガイナスが口を尖らせる。
「関係ならあるもん。僕んとこのおっさん生きてたわけだしぃ」
「お、おっさん…」
ダルジュが絶句した。セレンがこの場にいなくて良かったと心底思う。
クレバスが不服そうにガイナスを睨んだ。
「私、助かりマス。丁度人手不足デシタ」
アレクがぱちんと手を合わせてにっこり微笑む。
一同がきょとんとした表情でアレクを見た。一人にこにこと嬉しそうにアレクが続ける。
「お店で働けばいいデス。留守番兼ねて住んで仕事スル、最高デス」
「は?」
理解しきれないという声を上げたのは、ダルジュだ。
「何言ってんだお前」
「お店…?」
シンヤが首を傾げた。
「なに?まだ潰れてなかったんだぁ〜」
ガイナスがころころと笑う。
「なんだっけ」
「あそこだよぉ、ほら、夜はバーになって昼は花屋かなんかやってたヤツ」
ああ、とシンヤは頷いた。
「仕事ゆっくり覚えればイイデス」
「おい、勝手に決めてんじゃねぇよ!」
抗議しかけたダルジュが低く呻いた。テーブルの下で脛を蹴られたらしい。
「てめぇ!」
「いや、いいんじゃないか?今ダルジュはあそこに住んでるわけじゃないんだろ?」
ハンズスが口を挟んだ。
ダルジュが舌打ちする。
「俺はカトレシアんとこにいるから、まあ確かに部屋は2つ空いてるけどよ。1つはセレンが住んでたぜ?」
「ええ〜、あのおっさんが住んでたの〜?なんかやだぁ〜。臭いそう」
ガイナスが不満そうな声をあげた。
しばらく考えていたシンヤが、アレクに向き直った。
「そうですね、ずっとというわけにはいきませんが、一区切りつくまでは」
シンヤの答えを聞いたクレバスはフォークをくわえたまま黙り込んだ。
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