DTH2 カサブランカ

 どことなく不満そうなクレバスにシンヤが水を向けた。
「なにが不満なんだ?」
「別に…つか、わざわざ首を突っ込んだみたいでさ」
 だって、居場所が出来たんだろ?とクレバスは呟いた。
「パン屋さんだっけ?そっちを大事にしたほうがいいと思うよ、オレは」
 フォークを何もない皿につきながら、クレバスは言った。抗議しかけたシンヤの口が閉じる。
 他の場所に逃げたくとも、クレバスにはその場所がないのだと思い当たった。
「お前…」
 憮然としたクレバスと、何かに気づいたらしいシンヤをガイナスは退屈そうに見ていた。
「いいじゃん、僕らがそうするって言ってるんだから。それにあそこ田舎町でさ〜、ブランド物手に入れるのも一苦労なんだよね。だからしっかり買い物して行きたいし!ニューブランドのお店とか教えてくれない?」
 うきうきとガイナスはマージに告げた。マージがにこりと微笑む。
「いいわよ。カトレシアさんも一緒に行きましょう」
「ブランド物ってお前、金あるのかよ」
 クレバスが口を挟む。ガイナスがむっと口を尖らせた。
「ちょっと〜、失礼にも程がない?パン屋さんにいたって言ったでしょ〜?ちゃんと焼き方とか教えてもらって店手伝ってたんだから〜」
「素晴らしいデス!」
 アレクがまた両手を叩いた。
 ダルジュが不吉そうな顔でアレクを見た。



 当面休業の札がかかるG&Gの店内には、ガイナスとシンヤ、アレクにクレバスといたく不服そうなダルジュがいた。
「マジかよ」
 ダルジュが吐き捨てる。
「マジです」
 アレクがにこにこと告げた。先ほどの食卓の席で、シンヤとガイナスにパン焼きの技術があると知ったアレクは「夜の部を閉めて、モーニングやりまショウ」と言ったのだ。
「折角おいしいパン作れる腕が勿体ナイデス!」
「えぇ〜、でもここパン焼き窯もないじゃん」
「それに売り物になるかどうかは…」
 シンヤがためらった。
「窯なら造りマス!」
「え?」

 にっこりと微笑んで腕まくりをしたアレクは、3日ほどでレンガ作りのパン焼き窯を作り上げてしまった。
 ガイナスとシンヤが唖然とした表情で完成したパン焼き窯を見つめた。レンガで作られたパン焼き窯は、中で藁や薪を燃やして焼くタイプだ。無言で指差すシンヤに、クレバスが告げた。
「わりとなんでも作るんだよ、アレクって」
「へぇ〜、すごいじゃん」
 ガイナスが素直に感心する。クレバスを振り返って、にやりといやな笑いを浮かべた。
「昔、料理してたよね〜?パン勝負する〜?」
「オレ、最近やってないんだ。英雄と違ってアレクはちゃんと作ってくれるからさ」
「やだぁ、唯一のとりえも無くしちゃったんだ。かわいそっ!」
 ころころと笑うガイナスにクレバスが怒りに震えた。
「お前よくあいつの傍にいられるな」
「慣れた」
 きっぱりとシンヤが言い切る。クレバスは妙に納得した。そういうものかもしれない。
「まあ、気晴らしくらいにはなるだろう」
 そう言ったシンヤがクレバスに小麦粉を手渡す。クレバスは反射的に受け取ってしまった。

「僕はね〜、すっごく上手いってほめられるんだよ。シンヤよりも上手だって、才能あるって」
 生地を伸ばしながらガイナスが言った。
「ああ、確かにお前は才能があるな」
 シンヤが適当に受け流す。
 さすがに二人とも手馴れたものだった。
 ブランクの長いクレバスは、話している余裕がない。二人の会話を聞きながら、手を動かしていく。だんだん感覚が戻ってくるのがわかる。それが面白いと思った。
「楽しみデス」
 にこにことアレクがテーブルについて三人を見守った。
「本当ですわね」
 ほう、と紅茶を飲みながらカトレシアが頷く。
「そこ!和んでんじゃねぇ!仕事しろ!」
 胡蝶蘭の鉢を抱えたダルジュが怒鳴った。ハイハイと返事をしたアレクが立ち上がる。調理に熱中しだしたクレバスを振り返って、満足そうに微笑んだ。

 やがて焼きあがったパンの匂いが店内に充満した。
「クレバスがバターロール、シンヤがクロワッサン、デスネ」
 アレクが確認しながら皿に並べる。
「やだぁ、超基本〜」
 ガイナスがクレバスをあざ笑った。笑われたクレバスがむっとする。
「仕方ないだろ、久々なんだし。そういうお前は何作ったんだよ?」
「僕はね〜、じゃーん!」
 ガイナスが自分のパンを高々と掲げた。ブタの顔を模した菓子パンだ。ふっくらやわらかそうな白い生地に、チェリーの瞳。大きな鼻が特徴で、愛らしい姿が子供に喜ばれそうなパンだった。
「すごい!売りもんみたいだ!」
 ガイナスが作ったとは到底思えないその出来に、クレバスは思わず感嘆の声を漏らした。
「ふふふ、すごいでしょ?でもこれだけじゃないの。中にチョコクリームが入ってるんだ」
 言ったガイナスが思い切りブタパンの頬を押した。ブタパンの大きな鼻から柔らかなチョコクリームがてろりと垂れる。
「ねっ、鼻血みたいで面白いでしょ?」
 絶句するクレバスの隣でシンヤが囁いた。
「な。あいつ、才能あるけどセンスがないんだ」
 
 試食の結果、大人たちはどれも商品として通用するだろうとの見解で一致した。
「クレバスのはまだちょっと足りないデスケド、アットホームなカンジでいいデショウ」
 かくして”G&G”にモーニングメニューが誕生した。
「でっしょ〜、僕が作ったんだもん、当然だよ」
 にこにこと笑うガイナスは、携帯の着信音に動きを止めた。
「誰だろ〜、おばさんかなぁ」
 言いながら折りたたみ式の携帯を開く。
「誰?」
「チェンメみたい」
 そ知らぬ顔をしたガイナスの携帯の液晶画面が光る。


 『着信:セレン』


「なんなの、もう」
 ガイナスは不満そうに口をとがらせた。

第4話 END

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