DTH2 カサブランカ

「パートナーって、どんな関係デスカ?」
 ライフルを手にしたままのアレクがぽつりと呟いた。聞きとがめたダルジュの眉間に皺が刻まれる。
「あ?なんだって?」
「シンヤとガイナスの二人、とてもイイ関係。ダルジュ、英雄とパートナー。セレンとも」
「お前だってセレンとパートナーだったじゃねぇか」
 ダルジュの言葉にアレクは瞳を伏せた。
 セレンとはパートナーだったとは名ばかりで、ろくに会話をした覚えが無い。アレクがセレンを嫌っていたせいもあるだろう。G&Gに来たからといってそれが変わる訳でもなく、二人きりで話したことなど一度もなかった。
「聞きたいデス」
 アレクが言うと、ダルジュは決まり悪そうに頭を掻いた。
「…んな、改めて聞くようなもんじゃないだろが。英雄とは、確かにパートナーだったかもしれねぇけど、セレンとは、多分向こうはそう思っちゃいないぜ」
「エ?」
 弟、と言いかけてダルジュは言葉を飲み込んだ。「ペットかなんかだ。いや、違うな」
 逡巡しながら言葉を探す。見つけた名詞は、あまりありがたくないものだった。
「オモチャ」
 言いながらダルジュは傍にあった机に突っ伏した。長年否定し続けていたことを、自分で口にしてしまったとの後悔が押し寄せる。
「ダ、ダルジュ。どうしましタカ?」
「なんでもねぇよ。話かけんな」
 おろおろと心配するアレクに、ダルジュが八つ当たるように呻く。
 セレンとは組織に入ったその時からずっと傍にいた。パートナー云々以前に、それが当たり前に近かった。
 セレンがアレクと組むと聞いた時、まだ子供だったダルジュは心底アレクに同情したものだった。今までセレンのパートナーになって10日も生きていた人間はいない。だからセレンは一人で動いていたのだし、ましてやアレクは一般人だと聞いている。厄介払いにも限度があるだろうとダルジュは吐き捨てた。
『今度のヤツ、いつまで生き延びるかな』
『死ねない理由があるそうだ。家族が郷里で待っていると。面白いヤツだ。身の程もわきまえずに私を正面から睨む』
 そういったセレンは愉快そうに笑っていた。嫌味さが一片もない素直な笑み。セレンがあんな顔をして笑うのを、ダルジュは初めて見た。
「あいつが認めるパートナーは多分、アンタだけだぜ」
 額を机につけたまま、ダルジュは言った。
 それが聞こえたのか、否か、アレクの唇から笑みが消えることはなかった。
 


 夕食を終えてコーヒーを飲もうとしたクレバスは、顔をしかめながら頭に手をやった。
「どうしマシタ?」
「頭、まだ痛いんだよね。ダルジュが思いっきり叩くからさあ」
 まいったと言いながらクレバスが首を振る。
 三人で笑い転げていたところへやってきたダルジュは、鬼の形相でそれぞれに拳をくれた。
 避けてしまったガイナスなどは、追いかけられて通りまで逃げて行ったほどだ。
「お店デスからね」
 くすくすを笑うアレクの前で、クレバスは拗ねたように唇を尖らせた。
「デモ、ほっとシマシタ」
 アレクが心底安心したように言う。
「シンヤの笑顔、見たの初メテかもしれマセン」
「オレも。すごくほっとした」
「クレバスも」
「え?」
 アレクはにこにこと笑ったまま、クレバスを見た。
「霧が晴れて良かったデス」
「うん。心配かけてごめん。ありがとう、アレク」
 微笑んだクレバスに、アレクはなにか言いかけた。気づかないクレバスが別の話題を振る。
「アレクは、どう思う?」
「ナニガデス?」
「英雄。…最後に戻ってきてくれるのかな」
 ふむ、と頷きながらアレクはコーヒーを飲んだ。喉が渇く。本当は煙草を吸いたいのだけど、クレバスの前ではできなかった。心がささくれだっているのだと、わかってしまう。
「大丈夫デスヨ。意地の張り合いなら、クレバスに勝てない」
「オレ、そんなにわがままだったかな」
「それなりに」
 楽しそうにアレクは笑った。
「覚えてマスカ?私がクレバス誘拐した時」
「忘れるもんか」
 クレバスは言いながらコーヒーを口にした。そういえばアレクはコーヒー派ではなかったのに、いつの間にかコーヒーの量が増えた。クレバスが自分の分と一緒に淹れ続けたせいかもしれない。よく好んで飲んでいたお茶があった気がする。今度あれを買ってこようとクレバスは心に決めた。
「英雄は、多分怖いんデスヨ」
「なにが?」
「自分の変化ガ。人が本当に、変われるのかドウカ」
 クレバスは、アレクの言っている意味がわからなかった。
「クレバスと過ごしていた自分ハ、本当に自分ナノカ。きっと自信がナインデス」
「自信がないのが英雄の証拠じゃないか」
 馬鹿みたいだ、とクレバスは言った。
「ダルジュだって、ちゃんと引退してやっていけてる。英雄に出来ないわけがない」
「ソウデスネ」
 遠くを見ながら、アレクは頷いた。
「逆も、アリマスケドネ」
 ライフルの馴染んだ手触りを思い出しながら、アレクは言った。



 栄養食品の乾いた感触を水で流し込む。食事、というより生命維持のための義務に近かった。拒絶反応を抑えるためのカプセルを唇に押し当てる。こみ上げる吐き気ごと、英雄は飲み込んだ。
 なにもかもを切り捨てたことで、ようやく許された気がする。いいや、錯覚に過ぎない。今の自分は新たな火種を巻いているのだから。
 あの子は、自分を憎むだろうか。
 クレバスのことをぼんやりと英雄は回想した。
 ベンチで川を見ながら話をした日が、もう随分遠いように思える。事実、英雄は遠ざかったのだ。
 日の当たる世界から、クレバスから。
 呆れて、忘れてしまえばいいと英雄は思った。
 あの手をとることを、自分の内に棲む者達は許すまい。
 クレバスが許したとしても、自分が許せない。
 贖罪の方法など、もうどこにもないのだ。
 ペットボトルに入ったミネラルウォーターを飲み干して、英雄は腰を上げた。もうすぐ夜が明ける。
 陽の明るさを知るからこそ、尚のこと闇を深く感じる。それでも罪悪感の塊のようなその身に、闇は優しく馴染んでいた。



 結局、一睡もしなかった。
 高揚感が高まって眠れない。
 部屋に朝陽が差し込み始めた。一晩中抱いていたライフルの銃身が、陽光を反射する。
 射るように窓の外を睨むアレクにも、等しく陽は降注いだ。
『誰を撃つんだ?』
 ダルジュに答えなかった自分の狡猾さ。クレバスに伝えなかった卑怯さ。
 自分をパートナーに認めたという彼は、それすらも見抜いていたのだろうか。
 銃を握る手は震えてはいない。体に沸き起こる、これは歓喜だ。
 戦える。それを喜ぶ自分がいる。アレクは歯噛みした。
 ああそうだ、英雄は正しい。日常になど還れはしない…!
 朝陽がより一層、俯くアレクの影を際立たせる。

『あいつが認めるパートナーは多分、アンタだけだぜ』

 セレンは、多分知っていたのだ。
 いつかアレクが銃口を向けることを。
 そして、自分が死ぬことを。
 
 アレクは俯いたままだった。
 それでも心は揺らぐことはなく、ただ寂寥感だけがこみ上げた。


第17話 END
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