DTH 特別番外

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 昔のシンヤにとって、クリスマスは楽しみな日のひとつだった。
 欲しい物を書いて靴下に入れ、胸をときめかせながら眠る。目覚めた時に、枕元に置いてあるプレゼント。それを持って興奮気味に報告するシンヤを、母は笑いながら見ていた。
 遠い世界だと、思う。
 このパン屋に来てからの初めてのクリスマス。あれは最悪だった。
 おじさんとおばさんが腕を振るった料理をたらふく食べて、幸せな気持ちで寝た。そこまでは一緒だった。
 寝静まったシンヤ達の枕元に、おじさんとおばさんがプレゼントを置きに来た。その忍び寄る気配に飛び起きてしまったのだ。
「あ…」
 飛び起き、身構える。ただならぬ自分の殺気に、場の空気が凍りつくのがわかった。
「起こしちゃったかい?ごめんね」
 おじさんとおばさんは、そう言ったけれど。
 言われた瞬間、たまらなく悲しくなった。
 もう自分は、かつての気持ちでクリスマスを迎えることはないのだと。
「…いえ、俺こそ…すみませんでした…」
 詫びて、床に就く。おじさんとおばさんが部屋を出た後に、「馬鹿」と自分を罵る声がした。
 ガイナスだ。
 暗闇の中驚くシンヤに、ガイナスは小声で告げた。
「寝たふりくらいしなよ。気が利かないったらさ」
 あれはあれでいい追撃になったとシンヤは回想した。
「寝なくても、いいと思うよ」
 シンヤの気持ちを見越してか、ガイナスが口を開いた。
「もうプレゼント貰うような年でもないでしょ?今度は僕らがサンタになる番だって思えば?」
 ガイナスの言葉にシンヤが目を丸くする。新しい服に手を通しかけたまま動きを止めたシンヤに、ガイナスが不満そうな視線を向けた。
「なにさ」
「いや…別に」
 気まずさに視線をそらしかけたシンヤが、ふと気付いたようにガイナスを見やる。
「お前は、…あるのか?」
「なにが?」
「セレンと、クリスマスを過ごしたりとか」
 ええっ、とガイナスが奇声を上げる。
「あのおっさんと僕が!?勘弁してよ!ないよ、そんなの!」
 ガイナスの全力の否定に、シンヤは思わず苦笑した。
「そんなに嫌か?」
「やめてよ。だって、夜中にあのおっさんが枕元に立ってるってことでしょ?なんのホラーなのさ!」
 ぞくぞくと寒気がしたように、ガイナスは首をすくめて見せた。首に手をやって、心底怯えた表情をしている。
「…お前の中でのセレンのポジションが今いち把握できないんだが」
「キモオヤジ!それ以上でも以下でもないよ!」
 自棄になったようにガイナスが叫ぶ。それと同時にNYにいるセレンがくしゃみをした。
「風邪デスカ?」
 強制的にベッドに寝かされているアレクが半身を起こし、セレンに尋ねる。
「ああ、いや…噂かな」
「それにシタッテ、大袈裟デス」
 むっとしたようにアレクが自分の右足を見つめる。湿布と包帯を巻かれた足は、幾分腫れが引いたようだった。
「自分のマヌケさ加減を恨んだらどうだ?」
 言いながらセレンが雑誌をめくる。我関せずと言ったその雰囲気に、アレクはまた拗ねた。
「仕事、行きマス」
「ダメだ」
「ダッテ」
 アレクが毛布を握り締める。
「折角のイベント、ヒトリ。淋しいデス」
 呟かれたアレクの言葉にセレンが片眉を上げた。
「馬鹿か。子供じゃあるまいし」
 鼻で笑いながらコートを羽織る。
「時間だ。行って来る。くれぐれも動くなよ」
 一方的に告げたセレンは、アレクの抗議が続くのにも耳を貸さずに扉を閉めた。
「セレ…!」
 閉ざされた扉を見て、アレクが嘆息する。外界の冷気と室内の暖気に、窓が軋む。外には、ゆっくりと雪が降り始めていた。


 クレバスはいささか驚いていた。やろうと提案したのは自分だが、即興にしては英雄があまりに器用にこなしすぎたのだ。
「…英雄、やったことあるの?」
「まさか。今君に教えてもらったじゃないか」
 言いながら手と体を動かす。動作に少しも淀みがない。
「だってオレ、1回言っただけだぜ?」
「器用なんだよ」
 無駄にね、と英雄は呟いた。
「…無駄に…」
 悲しいかな、クレバスには本当にそう思えてしまった。
「さて、そろそろ時間だな。行こうか」
 英雄の声にクレバスが時計を見る。
「あ、本当だ」
 やばいと言いながらコートを取りに駆け出す。英雄は手にしたボトルをくるんと手の内で一回転させた。
「こんなんがねぇ。面白いのかな」
 首を傾げつつ、窓の外にちらつき始めた雪に外を見やる。
「げ。雪だ」
 ぶるりと体を震わせた英雄に、コートを羽織ったクレバスが駆け寄った。
「え、なになに。わ!雪だ!」
「通りで寒いはずだよ」
「お前本当に消極的だよな。こういう時は喜ぶの」
「なぜ?」
「そうすりゃ気持ちだけはあったかくなるから」
 一理あるかも、と英雄は頷いた。
「じゃあ、行こう!」
 身支度を整えた二人が家を出る。騒がしさの余韻の残る居間には、英雄が手にしていたボトルがひとつ、テーブルの上に寂しそうに残されていた。
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