DTH3 DEADorALIVE

 少女の様子を見ていたアレクは、その気配に気付いた。すばやく内開きの扉の死角に入る。間もなく、扉が開き、顔を覗かせた男の後頭部に一撃を加えたのだ。そして、窓から捨てた……というのが、アレクが言うところの一部始終である。G&Gの休憩室でその話を聞いたダルジュとセレンは顔を見合わせた。
「あの子、起きるとカワイソウ。というわけで、捨てマシタ」
 ニューヨークだもの、人が降るなんて珍しくナイデスとアレクは昼食のジュースを飲みながら告げた。
「どこがだ! 滅多にあってたまるかよ」
 ダルジュが怒鳴る。
「まあ、センスとしては悪くないな」
 セレンが紅茶に口をつけた。
 と、小さな足音に気付く。おどおどとした気配が、二階から降りてくる。不安を表すように、ゆっくりと、ぎこちなく。そして、頼りなく開く扉に、三人が注目した。
「やあ、おはよう」
 優雅な笑みを象るセレンの瞳に、少女の姿が映っていた。


 頬の湿布を貼りかえると、それだけで英雄は憮然とした顔をした。
「痛い」
「思い切り爪まで食い込んでるもんな。我慢しろって」
 クレバスがなだめる。英雄達の家の居間で、ソファに座る英雄はぶつくさと文句を垂れた。断りかけた英雄に、引っかき傷付きのビンタをくれたダイアナは、その肩を怒らせたままタクシーを拾ってどこかへと消えた。はっきりと断り損ねたことが、英雄の不機嫌に輪をかけているようだった。
「あんなリスクのありそうな依頼、僕は絶対に受けないぞ」
「でも、困ってそうだったじゃん」
「ポイントはそこだ。クレバス、いいか。これは仕事だ。ビジネスであって」
 向き直った英雄に合わせて、クレバスは口を開いて見せた。
「慈善事業じゃない」
 ハモるように同時に言われ、英雄が絶句する。クレバスは目の前で舌を出した。
「君……わかってるんなら」
「じゃあ、なんだって英雄はこの仕事をしてるんだよ」
「他に特技の活かせる仕事もなくてね。ほら、普段は素行調査とか地道なもんじゃないか」
「今回のは?」
「どう見ても地道じゃなさそうだ」
 はあ、と英雄はため息をついた。
「さっきの白装束。あれ、知ってるかい?」
 クレバスが首を振る。それを見ずに、英雄は続けた。
「最近急速に大きくなった新興宗教の独自の衣装さ。先日、開祖が死んだとか聞いたな」
「へえ」
 クレバスは感心した。相変わらず、英雄がどこでどう情報を調達してくるのかわからない。新聞だって、自分と同じものを読んでいるはずだ。取捨選択に長けているのだろうか、とも考えた。
「宗教がらみなんて、誓っていい、ロクなもんじゃない」
 だから僕は、と英雄が言いかけたところで電話のベルが鳴った。出たクレバスが、英雄を振り向く。
「ダイアナだよ」
 非常に、この上なく嫌そうな顔をしてから、英雄は意を決したように立ち上がった。

 決意が無駄となることは、人生において少なくない。
 英雄はまざまざとそれを感じていた。
 エレベーターが瞬く間に上昇する。浮遊感すら感じさせない。天井についたシャンデリア、床の赤絨毯、高級さを漂わせる大理石のパネルが、ここがホテルなのだと実感させる。
 先ほどの電話で、ダイアナは英雄に有無を言わせなかった。
「スクエアホテルの二十階で待つわ」
 一方的にそれだけ言うと切れたのだ。
「なっ……」
 通話音に英雄が言葉を失くす。しばらくそのままでいると、クレバスが「負けだね」と追い討ちをかけた。
「いいか、クレバス。余計な口出しはするなよ。絶対だ」
 英雄が隣に立つクレバスに釘を刺す。
「しないよ」
 だって多分負ける、とクレバスは心の中で呟いた。どうも今回は依頼者の方が上手のような気がする。
「いいか、断る…絶対、断る」
 ぶつぶつと英雄が呟く。クレバスが横にある階数案内に目をやった。部屋番号やレストランの案内が並ぶ中で、二十階は大ホールがひとつあるだけだ。
 こんな少人数で会うのに大ホール……?
 クレバスが怪訝そうに眉を寄せる。
 エレベーターがゆっくりと失速し、扉が開いた。
「なあ、英雄……」
 歩き出した英雄に声をかけた瞬間、光の洪水が二人を飲み込んだ。
「なに!?」
 英雄が足を止める。その姿すらシルエットとなって光に浮き上がった。
 バシャバシャという音に、カメラのフラッシュなのだと気付く。ホールを埋め尽くすほどの報道陣が来ているのだ。
「英雄!」
 その波を割るように、ダイアナが駆けて来た。
「ダイア」
 抗議しかけた英雄の唇をキスで塞ぐ。
「嬉しいわ! 来てくれたのね、ダーリン」
 そのまま、抱きつくように腕を回して、ダイアナは囁いた。
「これでもアタシと無関係? 面白いこと言うわね?」
「な……」
 英雄が絶句する。ダイアナが形の良い足を英雄に絡めた。深紅のドレスのスリットから白い腿が露になる。シャッターチャンスだと言わんばかりに、フラッシュの洪水がまた起きた。ダイアナが英雄の首に手を回したまま、得意げにカメラを見やる。
「ダイアナの婚約者発表だ! 急げ! 夕刊に間に合うぞ!」
「報道特番、切り替えろ!」
 ばたばたと駆けて行く記者達をクレバスが避ける。記者達が乗り込んだエレベーターが静かに降り始めた。
「ダイアナさん、では、彼とこちらで話をゆっくり……」
 残った報道陣達が取材位置を割り振る。
「わかったわ」
 ダイアナは頷いた。再び、英雄の耳元に口を寄せる。
「ハリウッド女優の顔も知らないなんて、アンタの家、テレビないの?」
 言われた英雄が視線をそらす。あ、とクレバスは手を叩いた。通りでどこかで見たことがあるはずだ。主演映画を何度か見たことがあるし、街中の至る所にポスターが貼ってある。
「そいつは失礼」
 とても――これ以上なく、苦い顔をしながら、英雄は唇についたルージュを拳で拭った。


第1話 END
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