DTH3 DEADorALIVE

第4話 「ダルジュさんのナイスな一日」

 その夜、サラは祖父の夢を見た。
 祖父の名は、ダイアン・R・ロドフ。新興宗教であるアリゾランテの創始者でもある。宗教者として名高い祖父であったが、サラにとってはどこにでもいるおじいちゃんに思えた。優しくて、穏やかで、いろんなことを知っている。サラの絵が学校で褒められると喜び、ささいな反発に白い眉を寄せて悲しんだ。
 両親亡き後、ダイアンはダイアナとサラを引き取り、3年前、ダイアナがサラを連れて家を飛び出すまで一緒に暮らしていた。ダイアナが家を出るに至った経緯は、サラにはわからない。ある日突然、「もう我慢できない!」と叫んだダイアナは、サラの手を引いて、そのまま夜行バスに飛び乗ったのだ。行き着いた叔母の家で、一息つく間もなく、ダイアナは働き始めた。
「お姉ちゃん……」
 サラは呟いた。ダイアナは、元気だろうか? 最後に会ったのは、祖父の臨終に立ち会った時だ。あの時は、ダイアンが余りに老いていたことにショックを受けて、ろくに話もできなかった気がする。
 あの日、ダイアンは言った。
 ダイアナとサラを呼び、それぞれの手にコインを握らせながら。
 サラは、言われた言葉に顔色を失ったが、ダイアナは無表情だった気がする。馬鹿じゃないのと一度呟いて、馬鹿ね、と言い直した。祖父は笑った。それが最後だった。
「お前達に、未来を託そう」
 サラが、手の中の銀貨を無意識に握り締める。
 それだけが、唯一、家族に繋がっているような気がした。


 カーテンを開けると太陽の光がさわやかな朝を告げている。眩しさに目を細めながら、ダルジュは伸びをした。知らず、欠伸が漏れる。元々睡眠時間は短くて済むタイプだが、このところさすがに疲れがたまってきた。年なのだろうかと考えて肩を揉んでいると、紅茶を入れたカトレシアが声をかけた。
「おはようございます。紅茶、入りましたよ」
「ああ」
 テーブルにつくと、自分の携帯が光っているのに気付いた。
「げ」
 メールの主に気付いたダルジュの顔が歪む。
「セレンだ」
「まあ」
 カトレシアが微笑んだ。
「セレンさん、なんですって?」
 本文を見たダルジュが、この上なく嫌そうな顔をする。カトレシアは微笑んだまま、返事を待った。画面を凝視していたダルジュが、そっとカトレシアを見やる。
「来い、とさ」
「あら、どちらに?」
「お前も。……G&Gに」
 まあ、とカトレシアが驚く。嫌なら別に、と言いかけたダルジュをよそに、彼女は浮き足立って支度を始めた。
「なにかしら。珍しいですわね!」
「……いや、嫌なら、別に……」
 出来れば嫌だと言って欲しいというダルジュのささやかな願いは届かなかったようだ。ため息をつくダルジュの足元で、わんと鳴く声がする。春先に生まれたジャックの子犬たちが、散歩の時間を待ちわびていた。

 朝日が顔に当たる感触で、サラは目を覚ました。
「……あ」
 辺りを見回して、自分が眠ってしまったのだと気付く。身なりを整えていると、部屋の隅で何かがもぞりと動いた。びくりと驚くサラの前で、毛布の塊から手が伸びる。
「オハヨウ、ゴザイマス」
 ぼさぼさの髪を掻きながら、アレクは言った。まだたっぷりと眠気を引きずった顔は、昼間とはまるで別人のようだ。
「アレクさん!?」
 床で寝ていたんですか、とサラは慌ててソファから飛び降りた。
 茫洋と眺めていたアレクが、ぼんやりと笑いかける。
「ダイジョブ。慣れてマス。サラ一人、危ないと思ったデス」
 今いち返答になりきっていないのは、寝起きだからなのだろうか。サラが次の言葉を発する前に、扉が開いた。
「セレンさん」 サラが叫ぶ。
 アレクとは対照的に身支度を済ませたセレンは、どことなく隙がない。片目のグリーン・アイがサラを映し、そしてアレクを認めると、わずかに細められた。
「なんだ、やはりここにいたのか」
 呆れるようにアレクを見下すその視線が柔らかいことに、サラは気付いた。形ばかりのため息をついたセレンが顔を上げる。サラを見ると、彼は言った。
「年頃のお嬢さんが、いつまでもこんなところにいるものでもなかろう。今、家を手配したから、少し待つといい」
「え、家って……」
「支度が出来たら、降りておいで」
 にこりと微笑んだセレンが、扉を閉める。直後にもう一度扉が開き、アレクの襟首を掴むと、セレンはアレクを引きずりながら階下へと降りていった。

 とりあえず、ということで急ぎG&Gへ向かったダルジュを待っていたのは、非情とも言える宣告だった。G&Gのフロアで待っていたのはセレンだけではなかった。目を覚ましたアレクはもちろん、サラもいる。
 朝早くからご苦労だった、とセレンが労をねぎらった時点で嫌な予感がしたとは後のダルジュ談だ。その後に続く言葉に、ダルジュはいきりたった。
「はあ!?」
 セレンに対して抗議するダルジュとは対照的に、カトレシアはサラを見た。
「この子の面倒を見てやって欲しい」とセレンが言ったのだ。ダルジュから見れば不十分極まりない、簡単な事情を添えて。概要としては、身内を失くし、都市伝説を信じてようやくここに辿り着いたということだった。アリゾランテ関連の事項を伏せられているだけで、嘘ではない。
「ふざけんじゃねぇぜ、なんだって俺が……」
「可哀想に……」
「あ?」
 文句を言うダルジュの隣で、カトレシアは微笑んだ。にこり、と笑って、サラの手を握る。
「さぞかし心細かったでしょうね。もう、大丈夫ですよ」
「はあ?」
 おい、なにを勝手に、とダルジュが抗議しようとする背後にセレンが忍び寄る。最小限の動作で口と体を押さえられたダルジュが無言で悶えた。
「え……あの、でも」
 サラもとまどっていた。確かに自分はここに来てしまったし、ラスティン達と共に帰ることもしなかった。けれど、そこまで好意に甘えていいものだろうか。
 おどおどと視線を上げる。自分とほとんど背丈の変わらないカトレシアの目が正面にあった。微笑んだその目が優しさに満ちている。その視線に促されるように、サラは頷いていた。
「……よろしく、お願いします」
 隣で、ダルジュが驚愕を顔に表していた。
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