DTH3 DEADorALIVE

 G&Gのロゴの入ったワゴンに乗って、サラはダルジュの家へと案内された。正確には、カトレシアの生家らしい。
「お父様と、ダルジュさん、それから犬のジャックと子犬たちがいますの。サラさんが来て下さるなんて、きっと皆喜びますわ」
 後部座席、サラの隣で手を叩くカトレシアとは違い、ダルジュは終始無言だった。舌打ちをかろうじてとどまっているような剣呑な雰囲気に、サラは下を向いた。そんなサラの様子をバックミラーで見たダルジュがますます眉を顰める。悪循環極まれりといった状況だ。
「サラさんの服、私のでサイズがあうといいのですが。ね、サラさん、気付きました? 私とあなた、髪の長さ以外、そっくりですわ」
 カトレシアが微笑む。そりゃサバ読みすぎだろうとダルジュは再びバックミラーを見た。
 確かに、背格好は似ている。遠目からではわからないかも知れない。
 厄介ごとがまたひとつ増えた気がして、ダルジュは遠慮なくため息をついた。

 ダルジュ宅についたサラを、カトレシアの父は手厚くもてなした。大袈裟に出迎えるその姿を見たダルジュが、庭へと足を運ぶ。その姿に気付いたカトレシアが声をかけた。
「ダルジュさん?」
「これから歓迎会が始まるのかと思うとうんざりだ。ちょっと席はずすぜ」
 言いながらシベリアンハスキーであるジャックの鎖を外す。散歩用のリードに付け替えると、ダルジュは口笛を吹いた。家の中から、子犬たちが駆け出してくる。
「わかりました。お気をつけて」
 カトレシアが笑顔で見送る。ダルジュは片手を上げて答えて、そのまま歩き出した。


 どこの家にもローカルルールというものがある。普段はまるで意識しない。それがあったのだと知らしめるのは、いつだって乱入者なのだ――。
「君が煙草を吸わないのは、幸いだったというべきなのかな?」
 英雄が換気をしながら呟いた。
「つーか、オレの周り、吸う人少なかったし」
 だから習慣がなかったんじゃないかと、クレバスが感想を述べる。
「じゃあ、今が貴重なチャンスってわけね」
 ダイアナが微笑んだ。銜えた煙草から、煙が昇る。
「君の禁煙のね」
 英雄が呆れながら告げた。言われて見れば煙草を吸う知り合いは少なかった気がする。脳裏に一人、ヘビースモーカーだった知人を思い浮かべかけて、英雄は思い出すのを止めた。
「クレバス、学校に行くんだろ」
「あ、うん」
 言われたクレバスが、鞄を掴む。
「必要なら、休むけど」
 ふと気付いたようにクレバスは言った。どうも英雄とダイアナは相性が良くない気がする。英雄は憮然として答えた。
「どこが必要なもんか。行っておいで」
「バイ」
 ダイアナが片手を振った。
「じゃあ、行くよ」
 一抹の不安を残しながら、クレバスは自宅を後にした。ちっとも大丈夫じゃなかったと知るのは、後の話だ。


 家からほどよく離れた距離にある廃屋に、ダルジュはいた。ここを見つけたのは幸いと言うべきだろう。誰に不審に思われることなく、訓練をすることが出来る。
「座れ」
 ダルジュの号令に、ジャックが従った。子犬達がそれに続く。ちょこちょこと頼りなく尻を落とす姿に、脱力しそうになる。出来る限り緊張感を保ちながら、ダルジュは腕に固いクッションを巻いた。
 犬達に戦闘用の訓練を施しているなどと知ったら、カトレシアは怒るだろうか?
 多分、それはないとダルジュは思った。あいつは怒るより悲しむだろう。
 わずかな罪悪感に胸が痛む。だが、これも必要なことだとダルジュは割り切った。
「レディ」
 ダルジュの声に、犬達が腰を上げる。ジャックの姿を見て、子犬達も何をすればいいかを知っているようだ。
「ゴー!」
 号令と共に犬達がダルジュの腕に食い付く。ジャックの体重に一度はよろめいたダルジュは、体勢を立て直すと腕を振って子犬を弾き飛ばした。ジャックだけが、腕のクッションに噛み付き続けている。
「もう一度だ!」
 よろよろと子犬達が立ち上がる。ダルジュの腕に食らいつく父親の姿を見て、彼らは牙を剥いた。
 いい傾向だ、とダルジュは思った。
 シベリアンハスキーはそり犬用の犬種だ。人の言うことを聞き、訓練に向いている。戦闘用に向くかまではわからなかったが、ダルジュの賭けは吉と出た。
 再びダルジュの腕に噛み付きだした子犬の中で、一匹だけ、その場から動こうとしない子犬がいた。
「待て」
 ダルジュの号令で犬達が離れる。
「またお前か」
 ダルジュが大股にその犬に近づいた。ずびずびと鼻を垂らしながらダルジュを見上げるその顔は、なんだかひどくマヌケに見える。
「鼻水」
 身も蓋もない名でダルジュは呼んだ。呼ばれた鼻水が、ずずと鼻を啜り上げる。犬のくせに鼻炎なのだ。カトレシアはスペードと呼んでいるが、ダルジュにはどうにも他の呼び名が馴染まなかった。鼻水は鼻水だ。他の呼び方はない。
 ダルジュが袖で鼻を拭いてやる。と、鼻水が扉の向こうを見ながらくうんと鳴いた。
「誰かいるのか?」
 ダルジュの声に、犬達が気色ばむ。
 吼える犬達の声に、扉の向こうから声がした。
「やあ。久しぶりだね」
 間延びした言い草に、ダルジュは覚えがあった。英雄だ。
「なんの用だ」
「いや、別に」
 なんだか君が散歩をしているようだったから、と英雄は告げた。
「随分、物騒な散歩だ」
「余計なお世話だ」
 こっちはまるでそれどころじゃねぇ、とダルジュは吐き捨てた。
「奇遇だな、僕もだ。厄介な案件を抱えていてね」
 英雄の声と共に扉が開いた。犬達が唸るその前で、英雄は軽く両手を上げたまま、ダルジュを見た。
「どうだろう? 共同戦線というのは」
 英雄がにこやかに告げる。その笑顔が、どこまでも胡散臭いとダルジュは思った。


第4話 END
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