DTH3 DEADorALIVE

 廃屋の中で両手を上げた英雄に対し、子犬達は警戒を解こうとしなかった。ジャックはどうしたものかとダルジュと英雄とを交互に見ている。
「よく躾けてあるね」
「うるせぇ」
 ダルジュが指を鳴らす。子犬達が牙を剥くのをやめた。英雄が手を下ろす。
「それでさ」
「帰れ」
 英雄に背を向けながら、ダルジュは告げた。
「てめぇが笑顔で近づいて、ロクな目にあった覚えがねぇ」
「ひどい誤解だ」
 英雄が苦笑する。くく、と喉を鳴らす割りに、瞳の奥は笑っていなかった。
「ダルジュ」
「うるせ……」
 英雄をあしらいかけたダルジュが、気配に言葉を途切れさせる。子犬達が再び辺りを警戒しだした。ジャックが唸る。ちらり、と窓枠に目をやった英雄とダルジュは、そこに白い衣を着た男達がいるのを確認した。
「まいったな、こんなところまで」
 英雄が頭を掻く。
「クソが。ふざけやがって」
 ダルジュが吐き捨てた。
 家を囲む気配がする。緊張感が張り詰める中、英雄とダルジュが顔を合わせたのは同時だった。
「え?」
「なんだと?」
 男達が家になだれ込む。英雄が床を蹴った。ダルジュが銃を抜く。初弾は、男の肩に命中した。合わせて英雄が、男の首筋に手刀を見舞う。犬達が吼える中、英雄が叫んだ。
「ダルジュ、今、なんて?」
 言いながらも襲い掛かってくる男の拳を避ける。目の前を掠めた腕を取って捻りあげると、肩の関節を外した。呻く男の顎を蹴り上げ、後に続く男達の足元へと投げ捨てる。
「うるせぇ、なんでもねぇよ! てめぇの客だろが!」
 あれでは、まるで自分が関係していると吐露したも同然だ。馬鹿な子だ――セレンの声がダルジュの脳裏をよぎる。ぞっと寒気が背筋を駆け下りた。腹立ち紛れに、銃弾を放つ。男の腿を貫通した銃弾は、壁に当たっていびつな音を立てた。
「本当に僕の客かな?」
 ひょい、と男が手にしたヌンチャクを避けた英雄が「聞いてみようか」と呟く。胸元からボールペンを取り出すと、男の背後に回りこんで、腕を捻ったまま首筋に先端を突きつける。
「アリゾランテだな。何が目的だ」
 英雄の言葉に、男はうすく笑った。そのまま首を傾け、ボールペンへと皮膚を食い込ませていく。
「な!」
 気付いた英雄が慌てて男を手放した。解放された男が屈みこみながら懐からナイフを取り出す。英雄からは死角となり、その動作が見えていない。
「馬鹿かてめぇは!」
 小走りに駆け寄ったダルジュが男の顎を蹴り飛ばす。気を失った男の手からナイフが飛んだ。ダルジュは男に目もくれずに、英雄の胸倉を掴んだ。勢い、英雄が壁で背を打つ。
「殺す気もねぇなら、遊ぶんじゃねぇ!」
 ダルジュの言葉に、英雄が目をそらす。舌打ちしたダルジュが振り返った。
「ジャック、ゴー!」
 号令に反応したジャックが吼える。シベリアンハスキーの巨大な体躯が入り口に向けて駆け出すと、男達が壁にそってのけぞった。ジャックの通った後を子犬達が続く。
 通りに駆け出していくその後ろ姿を見ながら、ダルジュは英雄から手を離した。
 好戦的に、唇を舌で舐める。
「僕は殺さない」
 英雄が呟いた。
「好きにしろ。俺はやるぜ」
 ダルジュが銃を構える。
「死にてぇヤツから来い!」
 ダルジュが叫ぶ。男達が、出口を塞ぐように立ちはだかった。
 
 
 とりあえず、というカトレシアの勧めで、シャワーを浴びたサラは、カトレシアの服に袖を通した。カトレシアが小柄なせいだろう、服のサイズはぴったりだ。自分の肌から石鹸の匂いがする。サラは鏡に映った自分を見た。
 不安そうな顔をした自分がそこにいる。
 サラの目に涙がたまりそうになった瞬間、犬がけたたましく吼えた。驚いたサラが飛び出すと、玄関でジャックが吼えていた。
「まあまあ、ジャック」
 カトレシアがジャックに駆け寄る。サラに気付いて、彼女は微笑んだ。
「あら、サイズぴったりでしたのね。良かったわ。午後にでも、サラさんの服買いに行きましょうね」
「え、いいえ、そんな」
 これで十分ですと首を振るサラの前で、またジャックが吼えた。千切れんばかりに尻尾を振って、カトレシアに擦り寄る。子犬たちも小さな尾をはためかせながら、カトレシアを囲んでいた。
「ジャック、ダルジュさんは?」
 ジャックの頭を撫でたカトレシアが呟く。ジャックはオンと高く鳴いた。
「困りましたわねぇ」
 座ったまま、カトレシアがのんびりと呟いた。辺りを見回しても、ダルジュの姿はどこにもない。
「……犬だけで、帰ってきたんですか?」
 サラは驚いた。子犬たちが得意げに尻尾を振る。
「時々、ありますの」
 カトレシアが呟く。ジャックの頭を撫でる手が、かすかに震えた。そう、時々、ダルジュはふいにいなくなる。時にはこうやって犬達だけ先に帰すこともあった。戻ってくるのは夜半だったり、早朝だったり、その都度変わる。共通しているのは、どこか殺気じみていることだ。気配が、ささくれ立っている。怪我を負っていることもある。「かすり傷だ」と手当てすらさせない。包帯を口でくわえながら、器用に包帯を巻くダルジュを見ていると、ずっと一人でそうしていたのだとわかる。
 ずっと。……今も?
 カトレシアが小さく唇を噛み締める。
 立ち上がり、道のはるか彼方を見つめるその顔からは、笑みが消えていた。


 霧生英雄は腕の立つ探偵なのだと言ったヤツに蹴りをくれてやりたい、とダイアナは思った。クレバスが家を出た直後、英雄は黙って立ち上がると、身支度を始めた。
「出かけるの?」
「まあね」
 いろいろあって、と言葉を濁す。
「あたしはここにいるわ」
 ダイアナが言うと、「あ、そう」と英雄は頷いた。そして。
「君の安全のために」
 あの笑顔を思い出す度に腹が立つ。苛立ちまぎれに壁を蹴ろうとしても、きっちりと巻かれたタオルのお陰で身をよじるだけで終わってしまった。
「僕のいない間になにかあっちゃいけないから」
 そんな言葉を吐きながら、あっという間にダイアナを縛り上げた英雄は、本棚をずらして空いていたスペースにダイアナを放り込んだのだ。
「じゃ、三時間ほどで戻るから。ちょっと我慢してね」
 なにが、とダイアナは呻いた。さるぐつわまでしていく必要がどこにあるのか。
 ぴっちりと閉められた本棚は、動く気配を見せない。手足が痛むわけではなかったが、この対応には大いに不満だった。
「もう、ふざけないでよ……!」
 ダイアナの心が絶叫する。帰ってきてタオルをほどこうものなら、その場で蹴倒してやる。許しを請おうとかまうものか。その後は気が済むまで、こき使ってやるのだ。何年でも買い物の荷物持ちをさせて、靴も磨かせる。それから、それから……。
 復讐の手段を頭の中で数えていたダイアナは、怒りを繰り返すうちにいつの間にか眠ってしまっていた。


第5話 END
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