DTH3 DEADorALIVE

第7話 「決断、保留。」

 傍目に暖かく和やかな茶会であるにも関わらず、クレバスにはどうしても不毛な集いにしか見えなかった。紅茶の香りに促されるようにティーポットを傾ける。英雄とハンズスはコーヒーでいいだろう。女性陣には紅茶、クレバスとアリソンはジュースだ。ついでにと、適当にクッキーを皿に盛りつける。と、「おてつだいー」と駆けてきたアリソンを見て、クレバスは皿に盛ったクッキーの量を少し減らした。屈みこんで、アリソンに皿を手渡す。
「お願いするよ」
「はーい!」
 しっかりと両手で皿を抱えたアリソンが、小走りに居間に戻る。クレバスもトレイの上にそれぞれの飲み物を乗せると居間へと足を踏み入れた。
「まあ、じゃあ二人はまだ出逢って間もない?」
 マージの驚く声が聞こえた。英雄が肩をすくめる。
「ああ」
 英雄がダイアナを見ると、英雄にもたれかかるようにして座っていたダイアナは満足そうに英雄を見返した。
「そうね。まだ、数日?」
 くすくすと笑いながら握った手の指先を絡めあう。熱に浮かされた恋人同士のようだ。
 不毛だ――。二人の笑顔が綺麗な分、クレバスはそう思わずにいられなかった。何も知らない人間が見たら、間違いなく相思相愛なのだと思うに違いない。絵的に様になっているのがまた滑稽だった。
「クレバス、ありがとう」
 トレイを持ったクレバスに気付いた英雄が礼を述べた。
「なんの。おめでとう?」
 クレバスが英雄にコーヒーを手渡す。英雄がわずかに眉をひそめた。構わずに皆に飲み物を渡し、アリソンの隣に座り込む。時々アリソンが手を伸ばしてクッキーを取ろうとするのを手伝いながら、クレバスはただ時間が過ぎるのを待っていた。

 楽しむべき一時が過ぎ、外が暗くなりかけた頃、英雄が飲み終えたカップを手に立ち上がった。
「片付けは僕がやるよ。ご婦人方はどうぞごゆっくり」
 にこりと笑ってお辞儀をしてみせる。本当は逃げ出したかったに違いない。
「俺も手伝おう」
 ハンズスも裾を捲くりながら立ち上がった。
 クレバスも立とうとして、膝に座ったアリソンが眠っていることに気付く。クレバスは浮かせた腰を再び椅子に戻した。そっと、アリソンが起きぬように。
「いい旦那さんね?」
 ダイアナがハンズスの背を見ながら言う。
「ええ、とても」
 マージが頷いた。
「もう、いいんじゃない? 彼、許してあげたら?」
 ダイアナの言葉にクレバスが顔を上げる。驚いてマージを見ると、視線に気付いたマージはバツが悪そうな顔をした。
「やっぱり。バレてたかしら」
「私にはね。あっちは無理じゃない?」
 鈍そうと言い切ったダイアナに、マージが肩をすくめる。
「本当にその通り。鈍くて、気を使うところが違うの」
 昔からそうと言いながら、マージはキッチンに立つ英雄の背を見つめた。
「守ろうとはしてくれるんだけど」
「わかる気がするわ」
 昼間の対応を思い出したダイアナが苦い顔をする。
「そう?」
 仕方なさそうに笑ったマージが、カップに残った紅茶を見つめた。ゆらりと揺れる琥珀色の液体。
「でも、守ってくれるわ」
 マージが顔を上げる。
「きっと、貴女も」
 言われた言葉にダイアナが目を丸くした。それはほんの一瞬のことで、すぐに普段の勝気な顔に戻る。どこか挑発的な印象を残した瞳が、柔らかく微笑んだ。
「どうかしら」
 意外と嫌われているみたいよ――ダイアナがクッキーに手を伸ばす。
 クレバスは目の前のやりとりが信じられず、ただ目を丸くしていた。

 流しの水を出しながら、英雄は思い切りため息をついた。
「ドツボに嵌ったな」
 ハンズスが洗剤を手に取りながら呟く。
「最悪だ」
 英雄が肩を落とす。
「お前が悪い。ちょっとは学習したらどうだ」
「ハンズス……」
 今回のは不可抗力だと英雄は力なく弁明した。ハンズスがからかうような笑いを含んだままカップを手にする。
「マージがいい薬だろう、とさ」
 うなだれ、食器を手にした英雄はしばらくそのまま動かなかった。泡の立ったスポンジを無意識に握り締める。泡が空気に触れてぱちんと弾けた。
「……なんだって?」
「聞こえなかったか?」
 にやりと笑うハンズスに、英雄は赤面した。
「な、まさか、わかってて!」
 英雄の抗議を流しながらハンズスが手を叩く。
「そろそろいいだろう。マージ、帰ろうか」
 ハンズスに答えるようにマージは立ち上がった。
「そうね、長居しても悪いし」
 にこりと微笑むその顔は、相変わらず慈母のようだ。見ているだけで暖かな気持ちになる。毒気を抜かれたように、英雄がその場に立ち竦んだ。
「ありがとう、クレバス」
 マージがクレバスが抱いていたアリソンを受け取る。起こさぬよう抱きかかえたマージは、ハンズスを振り返った。
「行きましょうか、あなた」
 ハンズスが手を伸ばしてアリソンを抱き上げた。その左腕に、さり気なくマージが腕を絡める。
「では、また」
「バイ」
 クレバスとダイアナが手を振る。英雄も釣られるように手を上げた。にこやかに立ち去るマージの後姿を見送って、クレバスが正直な感想を漏らした。
「え、マージ知ってたの? なんで?」
 ダイアナがクスリと笑う。
「貫録勝ちってヤツ?」
「……多分」
 英雄が呆然と答えた。泣きながら自分の後ろをついてきたのが、随分遠い日のことに思えた。女に、母になったのだと、したたかな強さを見せられた気がして思わず頭をかく。
「敵わないな」
 呟かれた言葉は、夕闇の中に吸い込まれていった。
Copyright 2006 mao hirose All rights reserved.