DTH3 DEADorALIVE

「そうデスカ。わかりマシタ」
 まるでそれを吉報のように受け取ったアレクは、微笑をたたえたまま受話器を置いた。ちらりとその表情を横目で見やったセレンが、誌面に視線を戻す。十秒待たずにアレクは今の会話の内容を話し出すだろう。そう目論んでのことだった。
「サラ、お姉さんと連絡がついたそうデス」
 セレンの予測通り、嬉々としてアレクは語りだした。
「そうか」
 雑誌に視線を落としたまま、セレンが頷く。
「それで、今度会うとか。ただお姉さん、エージェント連れてくるトカ」
「エージェント?」
 セレンが片眉を上げた。
「エエト、探偵みたいデス。ボディーガードを兼ねているソウデス」
 物騒デスカラネ、と言いながら、アレクはキッチンに向かった。
「サラ、不安がってる。私、ついて行きマス」
「ダルジュにでも行かせればいいだろう」
「冗談じゃねぇ言われマシタ」
 またあの子は、とセレンが息をつく。
「私も行こう」
「ハ?」
 さり気なく言われた言葉をアレクは聞きとがめた。聞き間違いだろうかと、キッチンから身を乗り出す。
「私も行こう、と言ったんだ。交渉ごとは苦手だろう?」
 しばらくセレンの言葉を吟味していたアレクは、理解した瞬間にぱっと顔を輝かせた。
「ワカリマシタ!」
 なにがそんなに嬉しいのかと、セレンが肩をすくめてみせる。その指先を白い子猫が舐めた。
「お前は留守番だな」
 そのまま長い指先で喉をくすぐってやる。子猫は満足げに目を細めて喉を鳴らした。


 ぞくりと背筋を駆ける悪寒に、英雄は身震いした。
「ちょっと、聞いてるの?」
 ダイアナのヒールがテーブルに乗る。ああ聞いているよと英雄は手を振った。
「妹さんと連絡がついた。ああ、おめでとう。で。遺産をどうするかの話し合いがしたいって? どうぞご自由に」
「面倒みなさいよ」
「面倒?」
 英雄が至極不満そうな顔をする。その表情はダイアナの逆鱗に触れたようだった。当たり前でしょうとテーブルを蹴飛ばす前に、クレバスが慌ててフォローを入れる。
「わかってるよ。大丈夫。行くってば」
「クレバス」
 英雄が小声で抗議する。
「馬鹿、仕事しろよ」
 クレバスは英雄を押し込めた。まだ何か言いたそうな英雄を背に、大丈夫だからとダイアナに念を押す。
 しばらく二人のやりとりを見ていたダイアナは、小鼻を鳴らした。
「まあ、いいわ。しっかりやってよね。向こうも誰か連れてくるって言ってたから」
「誰か……?」
 英雄が怪訝そうな顔をした。
「なんでもこっちに来てから世話になってるらしいわ。こういう仕事もしているとかで」
「へえ」 
 クレバスが感心する。
「そんな人いたかな」
 英雄が小首を傾げた。
「とにかく、明日よ。せいぜい働いてもらうわ」
 煙草を取り出し口に銜えかけたダイアナは、そのまま二階に行って窓を開け放った。最大限の気遣いらしいと呟いた英雄が肩をすくめる。
「クレバスもそろそろ寝たらどうだ。明日も学校だろう」
 英雄の言葉に、クレバスが振り向く。
 なにか言いたげな表情をしている。それに気付いた英雄の瞳が、二・三度瞬いた。
「どうした?」
「英雄」
 改めてクレバスは英雄を呼んだ。言葉の真摯さに、英雄の笑顔が引っ込みかける。
「オレ、しばらく学校休もうかと思う」
 何を言ってるんだ、冗談じゃないと即座に否定の言葉が来ると思って、クレバスは身構えた。英雄はすぐには口を開かなかった。ただ真っ直ぐにクレバスを見ている。
「……どうして?」
 怖いくらいに真剣な声音だった。どくりとクレバスの心臓が波打つ。
「この仕事、本気でやりたいと思っているから。全部見たい」
 クレバスの言葉に、英雄はため息をついた。いつものクセで頭に手をやる。
「これは僕の仕事であって君の仕事じゃ……」
「違う」
 すぐさまクレバスは否定した。
「この件の話じゃない。“この仕事”だよ。英雄が今やっている、その仕事を、オレも職業にしたいんだ」
 頭を掻いていた英雄の手が止まった。そのまま時までもが止まったように、英雄の表情は動かなかった。


第7話 END
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