「さて」
口を開いたのは英雄だ。サラを見て、にこりと微笑む。
「君は銀貨を持っている?」
「え……」
サラは英雄を凝視した。どういう意図で聞かれているのかがわからない。振り向いてセレン達を見ると、代わりにセレンが口を開いた。
「そちらも、金貨を持っているのだろう?」
答える代わりに英雄がにやりと笑う。
「ここから先は当事者同士の話だ。僕らが立ち入る余地は無い」
出ようか、と言われた言葉にクレバスは目を見開いた。
「英雄……!?」
英雄が小声で囁く。
「彼女の依頼は、“銀貨を見つけてくれ”。彼女が持っているなら、それはもう果たしたろう? なら、立ち入るべきじゃない」
「な……!」
肩を押されたクレバスは室内を振り返った。不機嫌そうに頬杖をついたダイアナ、手を合わせたまま下を向く少女。なにひとつ解決してはいない。
クレバスの表情を読んだのだろう。英雄が眉を寄せた。
「いつもなんでも丸く収まるだなんて、そいつはとんだ勘違いだぞ、クレバス。中途半端だろうがなんだろうが、手を引くべき時は引く。ルールだ」
「待ちなさい」
凛としたダイアナの声に、英雄の足が止まった。だからさっさとこの場を後にしたかったのだと顔に書いてある。
「延長よ。遺産を見つけて」
頬杖をついてサラを見たまま、ダイアナが告げた。
「……遺産……?」
クレバスの声に答えるように、ダイアナが金貨をかざす。白く長い指先にはさまれた金貨は、室内の照明を受け光っていた。
「あたしの持つ金貨、サラの持つ銀貨。遺産の鍵だと言われているけど、どこでどう使うのかさっぱりだわ。ちなみに遺産の中身も」
あんたがそういうならいいわ――サラに告げながらダイアナは立ち上がった。
「見つけてちょうだい。それから、また決めましょう」
「お姉ちゃん……」
サラがダイアナを見上げた。ダイアナがどこか気落ちしたように見えるのは、気のせいだろうか。
「あの」
英雄が片手を上げる。
「断っても?」
言われたダイアナは大層なしかめっ面をした。小鼻を鳴らして、セレンとアレクを見る。殺気すら滲むその気配に、アレクが気圧された。
「そちらは」
ダイアナが英雄を指差す。
「こいつを埋めてと言ったら、やってくれるのかしら?」
「喜んで」
妖艶な笑みをたたえたセレンが答える。英雄の顔から血の気が引いた。クレバスがどうしようもないといった顔で首を振る。
「そういうこと」
ふふん、とせせら笑ったダイアナが英雄の肩に腕を置いた。
「またよろしくね?」
がくりと肩を落とした英雄は、奈落の底にまで届きそうな深いため息をついた。
ダイアナ達が去った後、ほうっと息をついたサラはゆっくりと立ち上がった。
セレンとアレクに向き直ると「ありがとうございました」と礼を述べる。その律儀さに、二人が目を見合わせた。
「それで……あの、とても厚かましいとは思うんですが……その」
サラがうつむく。少女の指先が葛藤を示すように何度も組みなおされる。口を開いては閉じるサラを、二人は急かさなかった。
「こんなこと頼めた義理ではないのもわかっているのですが……でも」
なんと言えばいいのだろう。極度の緊張がサラを包んだ。早く言わなくてはと思うのに、気持ちばかりが焦ってまるで言葉にならない。
ああ、それでも喉が熱い。
込み上げる衝動のままに、サラは口を開いた。
「お願いします。最後まで、付き合って下さい……!」
「まるで愛の告白だな」
セレンが肩をすくめる。サラが見る間に赤面した。
「セレン」
アレクがたしなめる。両頬を手で押さえるサラに、アレクは優しく微笑んだ。
「いいデスヨ。サラ。見つけまショウ、遺産」
「あ、ありがとうございます!」
ぱっと花が咲いたような笑みがサラの顔中に広がる。アレクが嬉しそうに目を細めた。その様子を横目で見たセレンが静かに嘆息する。柔らかな空気に溶けたそれは、誰に気取られることも無かった。
我が家が近づいているというのに足取りが重い。必要以上に歩くペースが遅いのは、先頭を歩く英雄がスローなせいだ。
ペースを乱されたクレバスは、歩きにくさにとまどいながらダイアナ達の後を歩いていた。あの後、あの子の居場所がわかっただけでもいいわ、と上機嫌なダイアナに対し、英雄はどこまでも無気力だった。
「それは良かったね」
と相槌を打つにも気力が必要なようだ。
「なによ。嫌だわ、そんな脱力するようなオーラまで出して」
果たしてそれが目に見えるのか否か、クレバスには判別しがたかったが、ダイアナは手で煙を払うような仕草をした後に思い切り英雄の背を叩いた。
「しっかりなさいな! みっともない!」
涙目になった英雄が不満そうな顔を向ける。わかったよとふてくされたような返事が聞こえた。
辿り着いた玄関で、先のことを思ったクレバスが息を吐く。この一件にセレンとアレクが絡んでいるとは思わなかった。G&Gの様子が変だったことも、これでようやく合点がいった気がする。
それにしたって、一言くらい――
目を伏せた拍子に、クレバスはポストからはみ出した絵ハガキに気付いた。
「ん?」
手を伸ばし、ダイレクトメールとダイアナのファンからの嫌がらせの手紙の合間に埋もれそうな真っ青なハガキを取り出す。
どこかの港が映っている。
船は出立した後のようだ。遠くにシルエットが見える。
空も海も果てしなく青かった。カモメの白さが一段と映えている。
なぜだろう、クレバスには差出人を見る前に、誰が寄越したものかわかった。
字に見覚えは無い。海なんて、イメージするはずもない。
それでも胸に確信が満ちたし、この景色からその人物を連想したことが嬉しかった。
「シンヤ……!」
ハガキを返し、自分が間違ってなかったことを確信する。意図せず笑みが零れた。
ふわりと漂う、潮の香り。
それが何よりの便りだと、クレバスは思った。
第8話 END