DTH3 DEADorALIVE
テーブルに所狭しと並べられた昼食に、クレバスは目を瞬かせた。
クレバスや英雄の好きなものばかりだ。
「英雄がいないって先に言えばよかったかな」
「なに言ってんだ」
笑い飛ばしたハンズスがクレバスの背を叩いた。
「食べ盛りが一人いれば、これぐらいぺろりと片付くさ。そうだろう?」
「まあ、食べられないことはないけど……」
とまどいを隠さないクレバスに、アリソンが駆け寄る。小さな体がクレバスの足に飛びついた。
「バスー、ごはん!」
ズボンを引っ張られる格好でクレバスが席につき、膝の上にアリソンを抱き上げる。アリソンが満面の笑顔でそれに答えた。
「こら、アリソン。それじゃクレバスが食べにくいだろ」
ハンズスが手を伸ばす。アリソンは急に頬を膨らませた。
「やー! アリソン、ここで食べる!」
「いいよ、ハンズス」
クレバスが笑った。かたくなな娘の拒否に、ハンズスが少し拗ねてみせる。
「いつかそうやって俺より男を選ぶ日が来るんだろうな」
「まあ、あなたったら」
まだ先の話よとマージが笑う。一緒に笑ったクレバスが、改めてマージを見つめた。クレバスの視線を感じて顔を上げた彼女は、いつものように微笑んでいた。
『オレ、英雄の仕事手伝うことにしたんだ』
さっきの言葉の返事を、まだ、聞いていない。
なんだかはぐらかされた気分だ。
居心地が悪いというわけではないけれど、心のパーツをひとつ置き去りにしたような気持ちのまま、クレバスはフォークを手に取った。
第12話 「泪−なみだ−」
「オレ、マージに怒られると思ってた」
「え?」
昼食を終え、出されたジュースに口をつけながらクレバスが漏らした言葉に、マージが手を止める。
「英雄の仕事、あんまり良く思ってなさそうだったから」
「それは……」
マージがためらいがちに目を伏せた。
賛成をしていたとは言いがたい。けれど、否定もしていないつもりだった。
「でも」
クレバスは言った。
「黙ってやるのは、絶対いやだった。マージに嘘はつかない。絶対に」
「クレバス君……」
かつて、クレバスは見ていた。英雄のついた嘘が綻んでいく、それに気づいた時のマージの顔を。
あんな顔は絶対にさせない――。
それは決意にも似た気持ちで、クレバスの心に残っていた。
だから今回のことでなじられたとしても、自分の責任だと思ってここに来たのに。
「あーあ、なんか、拍子抜けだなぁ」
急に力が抜けたような顔で、クレバスが伸びをした。絶妙なバランス感覚でイスが揺れ、青い瞳が伸ばしきった両手の先にある天井を仰ぐ。どこか不満げなその横顔は、まだ少年らしいあどけなさを残していた。
「なにが?」
「だって絶対反対すると思ってたもん。一番は英雄だけど。全然何も言わなかったし」
ハンズスとマージは顔を見合わせた。刹那の逡巡に、クレバスが敏感に反応する。
「なに?」
「あ、ああ……」
ハンズスが手元のカップに視線を落とした。二、三度、迷いを表すかのようにスプーンを弄ぶ。
「これは、言うかどうか迷ったんだが」
クレバスが小首を傾げる。
「英雄が来たんだ。昨日の、晩。急に」
ハンズスの話を肯定するかのように、マージが頷いた。
そして君の話を聞いた、とハンズスは告げた。
だから驚かなかったんだ。
クレバスは納得した。けれど、安易な相槌を許さない空気がその場に流れている。
らしくなく、下を向いているハンズスのせいだ。
ハンズスはまだ迷っているようだった。
やがて手を止めたハンズスは、顔を上げ、穏やかな瞳をわずかに細めながらやさしく告げた。
「……泣いて、いたよ」
言葉が、刺さる。
クレバスの脳裏に、英雄の笑顔がよぎった。
昨夜。アリソンが寝入って、そろそろ自分達もと、ハンズスとマージが居間のソファからどちらともなく立ち上がった時だった。
マージが不意に玄関に向かった。驚くハンズスの前で、ためらわずに玄関を開けてみせる。
「いらっしゃい」
そこには、ハンズスと同じく驚いた顔をした英雄がいた。
「英雄……」
ハンズスの呟きに、英雄は頭を掻いた。
「あ、あ。いや。ちょっと……顔が見たくなって」
でも遅いだろうしと迷っていたら、扉が開いたのだと英雄は告げた。その言葉を聞いたマージが得意げに微笑む。
「私はいつだってあなたが来るのを待っていたのよ、英雄。気付かないと思って?」
「敵わないな、君には」
お手上げだ、と呟いた英雄がマージの頬にキスを落とす。マージが嬉しそうに肩をすくめた。
「上がっても?」
英雄に聞かれて、ハンズスは初めて我に返った。
「あ、ああ。もちろん」
体を引いて、通路を空ける。そしてもたらされた話は、半ば予想していたものだった。
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