DTH3 DEADorALIVE

第14話 「脆く、わずかな光」

 盗聴器は全部で六つあった。誰が、と考えるのも馬鹿らしい。数の多さはもとより、この家の存在を知られているということがダルジュにとっては不快極まりなかった。
「クソが」
 知らず罵倒が口から零れる。
 対面に座ったセレンがわずかに眉を顰めた。
「私のことかね」
「ちげーよ」
 ぷいとそっぽを向くダルジュを見て、セレンはふうんと小首を傾げた。
「あ、気にしないで」
 クレバスがサラに告げる。
「いつものことなんだ。これがコミュニケーションらしいよ」
「はあ……」
 自分より少し年上のクレバスを、サラが不思議そうに眺めた。肩より少し伸びた髪がさらりと揺れる。金髪が天使の輪を作っていた。
「で、さ。君に聞きたいことがあって」
 クレバスは言葉を選んだ。急くような心をなだめて、努めて微笑んでみせる。
「協力してくれるかな、サラ」
 その横顔に英雄を重ねてみたダルジュは、舌打ちをした。なにが悲しくて関係者がここに集うのか、その胸倉を掴んで小一時間問い詰めたところで埒が明かないだろう。
 英雄が消えた。アレクも。
 それぞれ手掛かりを求めたクレバスとセレンは、プロセスは違いながらも同じ結論に辿り着いたのだ。

 目の前に佇む少女、サラに。

 アレクを探したセレンは、アレクの言葉を思い出した。あの襲撃の前、部屋を出る時にアレクは言ったのだ。アリゾランテの始祖の遺産、その手掛かりはサラの記憶にあると。始祖の遺産の明確な在り処を得られれば、それは取引の有効なカードになるだろう。くれてやる気は毛頭無いが、アレクの居場所の手掛かりにはなるかもしれない。
 けれど、思い出した瞬間、セレンはためらいを禁じえなかった。あれはアレクだから辿り着いたヒントであり、それは同時に自分に紐解く資格がない――あるいは、自信がないということを示唆していた。
 暗号なら解いてみせる。
 それが女の心でも。
 けれど、少女のあどけない記憶というものは、それだけでセレンに触れることをためらわせた。
 話を聞き、その他愛ない話からヒントを得る。
 戻り道のない戦地に行けと言われたほうがどれだけ心が安らぐだろう――セレンは、そう思った。
 しかしセレンに選択肢は残されていなかった。いや、アレクを見捨てるという選択肢を、セレンは初めから除外していた。それは彼がアレクと出逢った時から、すでになかったが、それを自覚するには至っていなかった。

 一方、英雄のニュースを聞いたクレバスは自宅に戻っていた。アリゾランテの資料を手にしながら、テレビのチャンネルを変える。ニュース専属チャンネルにしたところで、新しい情報は手に入らなかった。
 手にした資料を見ながらソファに身を沈める。目を閉じ天井を仰いだクレバスは、出来る限り英雄の思考をなぞろうとした。
 自分が英雄だったら、どうするか。
 行方不明。しかもダイアナもろともだ。アリゾランテすら、彼らの居場所を見失ったのだとしたら――
 好都合。
 瞬間閃いた単語に、クレバスは目を見開いた。
 額から汗が伝う。
 けれど、次の瞬間には間違いないと確信した。
 英雄は連絡をしてこない。そのまま、息を潜め行動するだろう。また会いたければ、そして仕事を手伝うのだと豪語した以上、その力量を示したいのであれば、その場に辿り着くしかないのだ。
 アリゾランテの始祖の遺産!
 クレバスは手元の資料に目を落とした。
 英雄達が失踪した場所はわかってる。せめて始祖の遺産の在り処がわかれば、英雄が辿るルートを得られるはずだった。
 残された手掛かりが、少なすぎる。
 クレバスは歯噛みした。手にしたのは公開された情報がほとんどだ。ヒントを知るであろうダイアナもいない。
 八方塞がりだと頭を抱える。
 誰もいない?
 本当に?
 クレバスの中に、その記憶が蘇った。いつかセレンと話した地下の隠れ家。そこでダイアナが罵倒した相手。小さく震える肩が印象的だった、ダイアナの妹。
 ――もう一人いる!
 サラの名前を思い出すより先に、クレバスは立ち上がっていた。


 ダルジュの家の玄関先ではからずもかちあった二人は、互いにベルを鳴らそうとした指を空中に留めて見つめあった。
「セレン……」
 クレバスの口から言葉が漏れる。セレンは知らずに安堵したが、口から出たのは別の言葉だ。
「またお前に会うとは。奇遇だな」
「どこが」
 少しむっとしたような顔で、クレバスがベルを鳴らした。
 出迎えたダルジュは当然の如く良い顔をしなかったが、二人ともそんなことに構いはしなかった。

「あの……なにか、あったんですか?」
 恐る恐ると言った風情で、セレンとクレバスを交互に見ながら、サラが口を開く。毛先が小刻みに震えているのは、サラが震えているせいだとクレバスは気付いた。
「別にどうもない」
 セレンが断じる。アレクの不在をサラの瞳が問うている。その視線を感じてか、セレンはふいと目をそらした。
 場の空気が強張っていく。気配を察してか、カトレシアは立ち上がった。壁にもたれて腕組みをし、睨むように話を聞いているダルジュの前を通る。小声で「私は買い物にでも」と告げると、ダルジュは目で頷いた。
「実はね」
 クレバスが穏やかに告げる。声のやわらかさが、ともすれば凍りつきそうな場を和ませる。
「ちょっとトラブルがあった。アレクと英雄――覚えてるかな、あの時オレと一緒にいたヤツなんだけど、そいつが巻き込まれてね。居場所がわからない」
「アレクさんが……!?」
 サラが息を呑んだ。ダルジュが驚きに目を見開く。同時にすぐに腕を解いて玄関に向かったカトレシアに大股で歩み寄った。
「ダルジュさん……?」
 スペードの散歩紐を持ったカトレシアが小首を傾げる。
「俺も行く」
 いつものように結論だけ述べ、ダルジュはカトレシアに多くを語ろうとはしなかった。
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