DTH3 DEADorALIVE

 怯えさせてどうする。
 クレバスとサラのやりとりを見ていたセレンは内心嘆息した。
 これでは聞き出すものも聞き出せまい。サラの震える肩や手を冷めた目で観察して、セレンは今度は本当に嘆息した。
 クレバスはおかまいなしにサラを見つめたままだ。
「アレクさんが……」
 アリゾランテ絡みだと察しがついたのだろう。引いては自分が原因だと。サラの表情が強張り、瞳が色をなくしていく。Green&Greenでのことを思い出しているのかもしれなかった。
「そう」
 クレバスは責めることも問いただすような真似もしなかった。
 穏やかに諭すように言葉を紡ぐ。
「だから君の協力が必要だ」
「私……?」
 真っ直ぐに自分を見るクレバスの目を見返したサラの瞳に、わずかな光が宿る。それは驚愕にも似た色を持っていた。
「……私……」
 なにが出来るというのだろう、こんな自分に。
 震えるサラの唇から言葉が零れる。不安定な響きを持ったそれは、触れれば壊れるような脆さを持っていた。
 これでは当分何も聞けはしまい。
 興味の失せたセレンが庭に目をやる。飛び込んできた言葉は、セレンを引き戻すだけの強さは持っていた。
「私、なにもできなくって……でも」
『サラ』
 サラの内にアレクの声が響く。促されるように、サラが小さく唇を結んだ。
 下を向いたまま、ぎゅっと手を握り締める。それから、サラは顔を上げた。
「私に、できることがあるなら……!」
「ありがとう」
 クレバスが微笑む。その背を、セレンは少し驚きながら見つめていた。


 足音ひとつしないのは、ここが他と隔離されているからだろうか。
 周囲を見渡しながらアレクは思考した。
 部屋の作りを見ると、独立した建物とは思えない。大きな施設の一角だろう。
 扉以外に出口がないかと探してみたが無駄だった。窓すらない。いっそのこと、そこにある祭壇で目の前の神像でも壊してやろうかと思ったが、それでは問題解決に至らない。
 傷口を押さえたまま壁にもたれると、ひんやりとした感覚が気持ちよかった。そのままずれ込むように座り込む。
 いつの間にか、眠ってしまっていた。
 そっと、扉が開く気配に、アレクが目を開く。
 また熱が上がったのだろうか。ひどい気だるさが全身を包んでいた。肩が燃えるように熱く、痛む。それらが見えざる手となって己を押さえつけているようだ。身を起こすのにも決意と気力が必要だった。
「起きないで下さい。大丈夫」
 小声で青年は告げた。ラスティンではない。
 しかし入ってくる青年の身は、アリゾランテの白い装束に包まれていた。白い肌にくるくると巻くクセを持つ白銀の髪、どことなく幼さを残した顔立ちの中で、唯一瞳だけが深い緑色をしていた。それ以外は手にしたタオル、ボウルに至るまで白い。
 アレクが半身を起こして青年を睨む。
 困ったように微笑んだ青年は、ゆっくりとアレクに歩み寄ると、傍らに膝をついた。ふわりと装束の衣が輪を描く。先端がゆるやかに床に触れた。
「手当てを」
 伸ばされた手を、アレクは拒絶した。払いのけられた手を見て、青年が困惑しきった顔をする。
 まるで手負いの獣だ。
 瞳に不信と敵意が宿っている。無理もない。傷つけたのは、自分達なのだ。
「手荒な真似をしてすみませんでした。アリゾランテは本来暴力を嫌うのですが……」
 青年が目を伏せた。悔いているようにも見える。
 返事の代わりにアレクが青年を睨み据える。鋭い眼光がどこにも和解の余地はないと告げていた。青年が苦笑する。
「あなたは、とても強い人だ。けれど」
 青年は言った。
「どうして、私を撃つのをためらったのですか……?」
 青年の言葉にアレクは目を見開いた。あのマンションの地下、向けられた銃口に救いを求めた青年。その姿が、目の前の青年と完全に重なった。
「君ハ……」
 アレクの顔から殺気が消える。
「手当てを、させて下さいね」
 もう一度青年が差し出した手を、アレクは払いのけはしなかった。


 火にくべられた薪がはぜる音でダイアナは目を覚ました。
「やあ、起きたかい」
 さして面白くもなさそうに英雄が言った。
 辺りは真っ暗だ。虫の音と波の音が絶え間なく聞こえる。鬱蒼と茂った木立がシルエットとなって見えた。横たわった体に、乾ききった土の感触がする。
「ここは……?」
「どこかの島。僕らは立派に遭難中だ。とはいえ、昼間に漁船が通るのを見た。明日には帰れるだろうけど」
 ライター借りたよ、と英雄はダイアナにライターを投げ返した。
「あの最中でハンドバッグを離さないとは、女性と言うのはすごいね」
「偶然よ」
 身を起こしたダイアナが髪をかき上げる。パラパラと土が落ちた。
「……なにが起きたんだっけ」
 言いながら煙草をくわえてライターで火を点けようとする。しけっているのか、なかなか火がつかない。
「船が爆発したんだ」
「ああ」
 みんな無事かしら、とダイアナは一人呟いた。体力を消耗したのだろう、声に疲労が滲んでいる。ずぶ濡れだった深いスリットの入ったドレスは、とっくの昔に乾いていた。深紅の色合いが炎に照らされ、本当に燃えているかのような錯覚を起こさせる。
 揺らめくその色を眺めながら、ダイアナは言った。
「……映画とかだと、脱がさない? 濡れたままじゃ風邪引くぞって」
「いいじゃないか、風邪ぐらい」
 ぱちん、と薪がはぜた。
「着替えがあれば、君だけでもそうしたって良かったんだけど」
「あんたのシャツがあるじゃない」
「脱ぐ気は無い」
 人前に肌を晒すのは嫌いなんだと言いながら、英雄は胸元を押さえた。そこに何かがあるかのように。
「別に見たくないわよ」
 ダイアナがハンドバッグをひっくり返す。滴る海水に眉を寄せると、炎に当てるようにして乾かし始めた。
「あまり近づけると焦げるよ」
「わかってるわよ」
 いちいち小うるさいわね、とダイアナが毒づいた。ハンドバッグを地面に置くと、中身の中から金貨を探す。小さく光る金貨を手にすると、ダイアナはほっと息を漏らした。
「さんざんな遺産ね。なにを貰ったってお釣りが来るわ」
「同感だ」
 文句を言う割に君は微笑んでいるけどね、と英雄は告げた。
「祖父のことは好きだったわ。でも、なにもかもが煩くて」
 ダイアナが話し出す。街の明かりが、遠くかすかに煌いていた。


第14話 END
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