DTH3 DEADorALIVE

第15話「そして、響きあう」

「両親が亡くなったのは、私が十三の時だったわ。交通事故だと聞いて、私は疑わなかった。サラと二人、祖父の家に引き取られて」
 もうその時には、祖父はアリゾランテの始祖だったとダイアナは告げた。
「アリゾランテの人達は、それは優しくしてくれたわ。祖父が家にいない間は必ず誰かがつきそってくれた。さっきの楊もそう」
 ゆらり。
 ダイアナの瞳が炎を映して揺らめく。その光は過去への憧憬を湛えていた。
 幼かったダイアナとサラに、おやつまで作ってみせた楊。今とはまるで別人のようだったと懐かしむ。兄のように慕っていたのだ。
「でも――違った」
 ぱちんと薪がはぜた。ダイアナが目を伏せる。
「彼らは私達を慈しんでいるわけじゃなかったわ。始祖の血縁が大事だっただけ」
 罪滅ぼしの意味合いも兼ねてたみたい、と肩をすくめて笑った。
「私の両親は、祖父が宗教家になることを反対していた。交通事故もね、アリゾランテの人が絡んでたんですって」
 ああ、別になにか工作をしたわけじゃないのよ、とダイアナは告げた。
「私達は信仰のためなら命を捨てることができる、あなたがたはその教えを絶とうと言うのかって叫んで、車の前に飛び出して来ただけ。父さんは慌ててハンドルを切って、対向車線に飛び出した――」
 ダイアナが俯いた。
「優しい両親だったわ」
 英雄は黙って聞いていた。時折、焚き火に新たな薪を投下する以外は、動こうともしない。
 ダイアナが黙ると、それだけで静寂が訪れた。
 虫の声と波の音が二人を包む。
 しばらくして、ダイアナがまた口を開いた。
「それを知って、祖父をなじった時、あの人なんて言ったと思う?」
 許しておやり――
 祖父のその時の声が、ダイアナの胸の内に蘇った。
 許しておやり、彼らは、彼らの拠るべきところを守っただけなのだよ――
 不幸な悲劇は結果にすぎないと、祖父は言ったのだ。ダイアナは激怒した。その日のうちにサラの手を掴んで、夜行バスに飛び乗った。祖父とは二度と会わないつもりだった。
「もう絶対なにがあっても会うもんかって思った。自活してやるって心に誓って、しかも慎ましい生活なんかじゃなくって、派手に派手に見せ付けてやるわって」
 暗い向上心よね、とダイアナは自嘲した。
「しかも長く続かないあたりが情けないじゃない? もうすぐ死にそうって聞いて、はーん、ざまぁみろって笑ってやろうと思ったのに」
 病室でやせ衰えた祖父を見て、その感情がどこかへ失せてしまった。
「……誰かを憎むのも、許すのも、難しいわ」
 それでもダイアナは祖父をなじろうとはしなかった。この期に及んでなにかを信じる祖父に、ただ、「馬鹿ね」と告げたのだ。祖父は、笑っていた。
「もう、私にはサラしか残っていない」
 金貨を握り締めて、ダイアナは呟いた。
「あの子を守りたいの。これは、私のわがまま」
 ダイアナは英雄を見た。今まで彼女の前に現れては消えていった男達。探偵、ボディーガード、肩書きは多様にあるけれど、誰もが彼女を守りきれずに姿を消した。ある者は自分の意思で、ある者は、恐らく第三者の手にかかって。中には、ダイアナに愛を囁いた者もいた。彼もまた、帰ってはこなかったのだけど。
 それらの男達と比べると、目の前にいる極めて淡白なこの男は、頼りがいがあるのかないのかわかりにくかった。胸を張って「お守りします」と宣言するわけでもなく、どちらかといえば迷惑をありありと顔に出す。
 それでも――
『でも、守ってくれるわ』
 マージの言葉が蘇る。
『きっと、貴女も』
 嗚呼、本当にそうなればいい。
「煙草が吸いたいわ」
 ダイアナが髪をかき上げた。
「ほら、見事にしけってる。塩味でよければ」
 英雄がダイアナのシガレットケースを差し出した。
「ひどい味!」
 ひとつ銜えたダイアナが、ぺっと煙草を吐き出す。ケースごと傍の茂みに投げ捨てた。
「ねえ」
 まるで独り言のように、ダイアナが言葉を紡ぐ。
「アタシはひどい女ね?」
「うん」
 焚き火に目を落としながら、英雄は曖昧に頷いた。
「でも……わかるよ」
 ぎこちない言葉は、それでもなぜか温かい気がした。


 自分の肩に巻かれる包帯を、アレクは不本意な表情で眺めていた。
 一度、青年の手を退けて自分で包帯を巻こうとしたが、片手では限度があった。痛みに顔をしかめると、青年は笑ってアレクの手から包帯を取った。
「慣れてる……デスネ」
「そうですか? 僕は医学生ですから」
 人懐っこい笑みを浮かべながら、青年は答えた。パーマがかったくせっ毛のせいだろうか、時折、少年のようにも見える。屈託のなさが、ここは敵地だということを忘れさせそうだ。
 アレクは、青年から目をそらした。
「良かった。弾は貫通してます。消毒もしましたし、簡単な縫合もできました。後は、癒着を待てばいいと思いますよ」
 ほっと息を漏らした青年が、アレクの額に手をやる。
「傷口からくる熱、ですね。解熱剤がありますけど……」
「イラナイ」
 青年の瞳が瞬いた。まだ警戒しているのだと、にわかには納得しがたかったらしい。
「じゃあ、ここに置いておきます」
 水と、簡単な食料と共に盆を置く。ぺこりと一礼して、青年は立ち上がった。
「コレハ」
 去ろうとした青年の背に、声がかけられた。
「ラスティンの指示……?」
 壁にもたれたアレクが、ぼんやりと床に置かれた盆を見つめながら問う。全身から倦怠感が滲み出ていた。
「いいえ」
 青年は答えた。
「僕の意思です」
 だから大丈夫ですよ、と笑う。
「サワヤと言います」
 青年の言葉に、アレクは怪訝な顔をした。意味が理解できない。
「僕の名前です。覚えておいて下さい。また来ます!」
 ほがらかに告げる青年からは、なぜか太陽の匂いがした。
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