祖父との思い出を上げよといきなり言われても、そうそう思い出せるものではない。サラが祖父の元を離れたのは、もう随分と昔のことだし、再会したのは祖父の死に際だった。
それでも、今、思いださなければいけないのだ。サラは必死に記憶を探った。
ぽっかりと、まるで空洞でもあるかのように、そこだけが覚束ない。
「まあね、そんな子供の頃なんて、いちいち覚えてるわけがないよな」
クレバスが笑った。
「す、すみません……!」
サラが謝る。先ほどの勢いはどこへやら、だ。
「大丈夫だよ。ね、セレン」
「なにがだ」
「セレンは、どうだったの? 子供の頃って」
「私?」
セレンが眉を顰めた。聞いてどうすると言うのだという言葉を、クレバスは無視した。
「ダルジュは泣き虫だったんだってさ」
「ダルジュさんが!?」
サラが驚く。今のダルジュからは予測もつかない。
「そう、あれはかわいい子でね」
セレンが微笑んだ。
「私は……そう、よく絵本を読んでいたそうです。姉があきれるほどに。祖父にもよくねだっていたと」
サラの言葉を聞いて、セレンはようやくクレバスの意図を汲んだ。世間話にかこつけて、記憶を掘り出そうというのだ。
先の長い話だ。
しかし。
尚もサラに話しかけるクレバスを見て、セレンは肩をすくめた。
一体誰に似たのやら。
それでもなぜか笑みがこみあげる。努めてその衝動を抑えながら、セレンはソファに身を深く預けた。この場は、クレバスに任せてみようと決めたのだ。
それは、悪くない決断のような気がした。
夕食を終え、店の掃除でもとシンヤが腰を上げた時だった。
外がざわついているのに気付いた。なんだか騒がしい。
「なんだ?」
シンヤが窓の外を見やる。街灯に照らされ、何人か顔見知りの漁師が船に向かっていくのが見えた。
「なんかね、あそこの小島に焚き火が見えるんだって。どうせまた旅行者でも入り込んで遊んでるんだろうって、おじさん達が言ってた。漁師さん達が注意しに行くんだってさ」
ガイナスが告げた。
「旅行者?」
シンヤが眉をひそめる。
町からも手ごろな距離にあるあの小島は、無人島だ。ちょっとした冒険気分を味わえるということで、よく若者達が無断でキャンプをしたりする。それを注意するのは、地元の人間の役割だった。
珍しくもないことだ。
そう思うと同時に、シンヤの胸がざわついた。
なんだ……?
奇妙な感触に誘われるままに海を見る。暗い。シンヤが目をこらしても、焚き火の明かりは見えなかった。それでも胸のざわつきが収まることはない。
「……俺も行く」
「ふーん、そう。えっ?」
スナックをかじりながら雑誌を見ていたガイナスは、シンヤの言葉に跳ね起きた。すでに身支度を整え、ドアノブに手をかけるシンヤの背に声をかける。
「ちょ、どうしたのさ」
「妙な予感がするんだ」
――呼んでいる――
胸を押さえたシンヤが、さっさと部屋を出る。呆然とした顔でそれを見ていたガイナスは、次の瞬間、雑誌をソファに叩きつけた。
「なにさ! 僕も行く!」
上着をハンガーからひったくり、片袖を通したままで駆け出す。もうシンヤは家の外に出ていた。
「あら、ガイナスも出かけるの?」
おばさんとおじさんが珍しそうにガイナスを見た。
「うん、そう! 行ってきまぁす!」
適当に帰ってくるからと告げて、通りに飛び出す。
「シンヤ!」
ガイナスの声を聞いても、シンヤは歩調を緩めようとはしなかった。
むっとした表情でシンヤの背中を見たガイナスが、つかつかと歩み寄る。ようやく隣に並んだところで、シンヤが口を開いた。
「お前は帰れ」
「やだよ。僕の勝手でしょ」
拗ねたガイナスが歩調を速める。肩を怒らせながら自分より二、三歩先を歩く姿を見て、シンヤは嘆息した。波の音に誘われるように海を見る。
遠目に見えるほのかな明かりは、やはり自分を呼んでいるようだった。
第15話・END