DTH3 DEADorALIVE

 とにかくキャンプをされては困るという漁師の忠告を受けて、英雄達は船に乗せられた。漁船がエンジンを唸らせて、港町へと向かっていく。陸地までは大した距離ではなかったようだ。迫りくる港町の明かりを、英雄はさして面白くもなさそうに眺めた。小さな町だ。
「ねぇ、ホテルはあるの?」
 ダイアナが煙草をふかしながら聞く。漁船に乗るなり漁師にねだったのだ。
「そんなもんはねぇ」
 漁師が笑い飛ばす。
「必要ないよ」
 接岸したのを確認した英雄が、身軽に港へと降り立った。
「すぐにここを出る」
 差し出された英雄の手を取って、ダイアナも後に続く。顔が不満気なのに、英雄は気づかないふりをした。
「あんたら、泊まるところは」
 漁師の声に、英雄が笑う。
「近くに、僕の親戚がいるのでそちらに」
 ご迷惑をかけてすみませんでした、と詫びる。漁師は「気にするな」と豪快に笑い飛ばした。
「だが、あの島でキャンプはいかんぞ」
「よく言っておきます」
 英雄がダイアナの肩を抱く。調子を合わせたダイアナが、片手を振る。
 やがて漁師の姿が暗がりに見えなくなった頃、二人は先ほどまでの笑みを顔から消した。
「ちょっと、まさかと思うけど夜通し歩くなんてことしないでしょうね」
「そのまさかだよ。彼らが僕達を見失っているなら好都合だ。ああ、でも足は調達しないとな」
 港町にいたのでは、いずれアリゾランテの探索の手が伸びてくるだろう。夜明け前なのは幸いだった。このまま、町を出る。うまくいけば、しばらく秘密裏に動けるかもしれない。
 英雄の思考はそこで中断された。
 ふと、顔を上げる。目の前に、厳しい顔をしたシンヤとガイナスが立っていた。
「大丈夫だ、僕らはすぐに町を出る」
「あったり前じゃん!」 ガイナスが唇を尖らせた。
 そのまま掴みかかりそうなガイナスを、シンヤが片手で制する。シンヤの黒い瞳が、英雄とその隣にいるダイアナを映した。
「……トラブルか?」
「ノーコメント」
 英雄がさらりと答える。
「行こう」
 ダイアナの肩に手をかける。三人の関係を図りかねたダイアナが怪訝な顔をした。
「知り合い?」
「昔のね」
 それ以上語ろうとしない英雄と、シンヤとガイナスの顔をダイアナが見比べる。結論は出ないようだった。
「いいわ、任せる」
 あたしはあなたに依頼したんだものね、とダイアナは嘆息した。と、気付いたように英雄を見上げる。
「あなたの相棒に、連絡しなくていいの?」
「クレバスに? なぜ」
 英雄が真顔で聞き返した。ダイアナが絶句する。
「なぜ……って、心配してるわ、きっと」
 あたしがいたんだもの、ニュースになってるとダイアナは言った。身元を明かすような発言は慎んでくれよと英雄が顔をしかめる。それを考慮したからこそ、英雄は漁師の前でダイアナの名を一度も呼ばなかったのだ。
「心配、ね」
 英雄が肩をすくめる。
 クレバスの名が出たことで殺気を滲ませるシンヤをちらりと見やった。
「するわけないだろう」
 疲れたように笑いながら、英雄はもう一度ダイアナの肩に触れた。少し強く押して、歩き出す。ダイアナもつられて歩き出した。
「子供じゃないんだ」
 シンヤとガイナスを振り返ろうともせずに英雄は告げた。そのままどんどん遠ざかっていく背中を見て、ガイナスが我慢しきれないというように叫ぶ。
「なに、あれ!」
 シンヤは答えなかった。英雄達を飲み込んだ夜の暗闇をただ睨む。
「相変わらず自分勝手! なにさ!」
 ひとしきりガイナスが英雄を罵倒しつくしたところで、シンヤがぽつりと呟いた。
「人を――」
「え?」
「人をメッセンジャー代わりに使ったな」
 シンヤの言葉の意味を捉えそこねたガイナスが、首を傾げる。
「伝えると思ったんだろう? 俺かお前が。クレバスに」
 心配していないなんて嘘もいいところだとシンヤは言った。
「なにそれー!」
 ガイナスが心の底から叫ぶ。
「夜だ。あまり騒ぐな」
 シンヤが片耳を押さえた。シンヤの忠告を聞くまでもなく、ガイナスが携帯のダイヤルをプッシュする。コールさえももどかしく、クレバスが出た瞬間に、ガイナスは思い切り罵倒した。
「お前んとこの英雄、マジ最低!」
 それでは英雄の意図通りだという言葉を、シンヤはかろうじて飲み込んだ。英雄の歩き去った方角を見つめる。街灯がまばらなせいで、ほとんど暗闇に近い。
 英雄はともかく、同伴の女性にだけでも手を差し伸べるべきだったろうか。
 今さらながらにシンヤは考えた。
 英雄が傍にいる時は、微塵も思わなかったくせに。己の器量の狭さに苦笑する。
 瞼を閉じる。
 潮風がそっと頬を撫でた。促されるように目を開く。
 英雄が消えた道は、すでに闇に閉ざされていた。


第17話 END
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