DTH3 DEADorALIVE

 八台目のヒッチハイクに至って、英雄は初めてダイアナを頼った。
「女性のほうがいい車が止まると思うんだ。君は綺麗だしね」
「そんな棒読みで言われたの初めてよ」
 顔をしかめたダイアナが、それでも道路脇に立つ。親指を突き出すと、あっという間に一台の乗用車が二人の前に止まった。
「お見事」
 英雄が心底感心した。
 当然よ、とダイアナが胸を張る。
「なんだ、男連れか」
 体格のいい男が運転席から身を乗り出した。
「ダメかしら?」
 どうせなら置いていってもいいけど、とダイアナが英雄を振り向く。
「うーん」
 男が英雄の頭からつま先までを眺めた。値踏みするような視線に英雄が気づく。
 男は少し考えるそぶりを見せた。
「まぁ、いいだろう。乗りな」
 車の後部座席のドアが開く。
「ありがとう!」
 ダイアナが意気揚々と乗り込んだ。英雄が後に続く。
 男が豹変したのは、ドアが閉まった瞬間だった。
「大人しくしな」
 運転席から後ろを振り返った男の手には、銃が握られていた。
 ダイアナが息を呑む。
「俺はあんたみたいな女が好きなんだ。とりあえず、このひょろい男をどっかに埋めたら、たっぷりと……うわ!」
 男の言葉半ばで、運転席のシートが倒された。バランスを崩した男の手を、英雄が踏みつける。こぼれた銃を、ダイアナが拾った。
「わかりやすい」
 ぞっとするほど冷静な声で英雄は言った。
 シートごと後ろに倒れた男の喉に、金属質のなにかが触れていた。
 ナイフだ! 男が直感する。
 英雄の手元を見たダイアナが、恐々と英雄の顔色を伺った。そのことがまた、男の恐怖に拍車をかける。
 驚愕に見開かれた男の瞳に、覗き込んだ英雄の顔が映った。
 瞳が何の感情も示していない。
 自分が獲物になったのだと自覚する。プレッシャーに体が小刻みに震え、汗が吹き出した。
「よせよ。まるで僕が苛めているみたいじゃないか」
 英雄が薄く笑った。
 男の動悸は治まらない。瞳が恐怖に染まっていくのを感じてか、英雄の目が細められた。
「解放してやろうか?」
 英雄が手にした金属を男の喉に押し付けた。静かに食い込む感覚に、男が悲鳴を上げる。
「ま、待ってくれ! 俺が悪かった!」
「謝罪は求めていない」
 男の脳がフルスピードで回転した。
 どうすればこの場を切り抜けられる?
 今まで狩る側ばかりだった。だからわかる。狩られる側に逃げる術はないのだ。
 悲鳴を上げる女を、自分が一度でも逃がしたことがあったろうか?
 男の背筋を悪寒が駆け抜ける。
 死がそこにある、と男は気付いた。
 命乞いの言葉が喉まで出かかる。瞬間、英雄は手を引いた。
「降りろ」
 言われたままに男が車を降りる。
「君はここにいて」
 ダイアナにそう言い残して、英雄が後に続いた。車内から様子を伺うダイアナの視線を気にしてか、一度面倒そうな顔をした英雄は、男を物陰に連れて行った。
 五分と経たずに帰ってくる。
 平然と運転席に乗り込む英雄に、ダイアナは驚いた。
「ちょっと、どうしたの?」
「この車、借りた」
「は?」
「いちいちヒッチハイクなんてまどろっこしいしね。動ける足が欲しかったんだ。ほら」
 そう言って英雄が財布を投げて寄越す。
「それもくれた」
「は?」
「返さなくていいそうだ」
 怪訝そうな顔をしたダイアナが、財布と英雄を交互に見つめる。
「とんだ詐欺師ね。手に持ってたのはベルトのバックルじゃない。まさかと思うけど、あれで追いはぎしたの?」
「まさか」
 英雄がバックミラーに手をかけた。自分の視界にあわせて、調整する。
「言ったろう? くれたんだ」
 ミラーにダイアナが映り込む。不信を露にした彼女に、英雄は微笑みかけた。
「世の中には、信じられないくらい優しい人がいるもんだよね」


 その日、幹線道路脇を全裸で歩いていた男が保護された。
 身包みをはがされたのではと追求する警察に、これは自分の趣味だと言い張り逮捕された。その後、男の指紋から、連続殺人事件の容疑者であることが判明。現在は取調べを受けている最中だと言う。
 男の財布と、所持していたはずの車の行方は、現在も不明である。


第18話・END
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