DTH3 DEADorALIVE

 押し問答に終わりはない。
 ダルジュは楊の意図を掴みあぐねていた。
 目的なくこんなことをするとは思えない――
 思考を中断させたのは、自宅の裏から聞こえてきた車のエンジン音だった。猛スピードで走り去っていく。
「てめぇ!」
 家を振り返ったダルジュが楊に向き直る。その瞬間には、楊の手に拳銃が握られていた。
「悔い改めなさい」
 ダルジュが地を蹴り、横に飛ぶ。信徒達からも放たれた弾丸は、幸い服を掠めるに留まった。
「なにごとかね、ダルジュくん!」
 カトレシアの父が叫ぶ。
「出てくるんじゃねぇ、ジジイ!」
 ダルジュが怒鳴り返した。すぐさまマシンガンを手に撃ち返す。身を起こした時には、すでに楊達は車で逃走した後だった。
 門扉と壁に、弾痕がはっきりと残っている。
 嗅ぎ慣れたはずの硝煙臭さは、ダルジュに不快感をもたらした。
「クソが」
 吐き捨てながら家に入る。
 あの分では、サラは連れて行かれただろう。
「朝から派手な爆竹だったなぁ」
 カトレシアの父が、的外れな感想を述べた。平和ボケでなによりだとダルジュが安堵する。
「おい、怪我ねーか」
 無造作に頭を掻きながら、居間に入る。
 淹れたての紅茶が、心地良い湯気を立てていた。
 ついさっきまでそこにいたはずの人の気配が、ダルジュを迎える。
「……おい……?」
 自分の家だ。居間だって広くない。すぐに見渡せるぐらいの狭さなんだから、見逃すはずがない。ダルジュとてそのことは承知していた。
 それでも、ダルジュは探さずにいられなかった。
 自分の見間違いだと思いたかった。
 いないのだ、サラだけではなく、カトレシアまでも。

「まさか、お二人でいらしていただけるとは思いませんでしたよ」
 助手席に座ったラスティンが、バックミラーを見て、目を細める。
 後部座席に座ったサラの手を、カトレシアがしっかりと握っていた。こうしていると姉妹のようにも見える。
 サラがおずおずとカトレシアを見上げた。
「カトレシアさん……」
「大丈夫です」
 不安げなサラに、カトレシアは微笑みかけた。
「私は、あなたを一人にはしませんわ」


 セレンの後を辿って着いた白い建物は、異様な殺気を放っていた。
 バイクを止めたクレバスが、思わず息を呑む。
 広がった青空に、白い壁。綺麗な景色のはずなのに、この感覚は何だ。
 滑らかな切り口で切り取られた門扉から、中に入る。
 左右を見渡し、正面の建物に入っていった。入ってすぐに、通路の横に管理人らしき人間が座っているのが見えた。
「やばっ」
 見つかっただろうか。
 クレバスが思わず身を伏せる。
 異常に気付くのに、時間はかからなかった。
 本来は全面の仕切りであったろう窓ガラスに、一本の線が引かれている。ちょうど座った人間の首の高さだ。そして、そのラインにあわせて切り取られたかのように、そこに座る人間には首がなかった。
 クレバスが口元を押さえて、よろける。壁に背をつけたまま、こわごわと建物の奥を見た。通路の向こう、倒れている人の足だけが見える。
 まさか、みんな――
 ぞくりと冷気が背を駆け抜けた。
 もう一度、目の前の管理人の姿を見て、顔をゆがめる。拳を握ると、クレバスは建物の奥へと駆け出した。


「今、ラスティン様は主だった信徒を連れて出かけています。同じくトップに立っている楊様も」
 ぽつりとサワヤが呟いた。
 アレクにむけて、にこりと微笑みかける。
「警備も手薄。逃げられても、仕方ありませんね」
「君ハ……」
 アレクが信じられないという顔をした。
「僕は、アリゾランテの教義を信じています。ラスティン様もそうです。でも、これは……」
 小さく首を振ったサワヤがアレクに手を差し伸べた。
「あの方は一途なんです。どうか、許してあげて下さい」
 アレクがためらいがちにその手を取る。身を起こすと肩に痛みが走った。全身が気だるさを訴える。だが、動けないほどではない――アレクの瞳に光が宿った。
 半ばサワヤに支えられるような形で部屋を出る。細長い廊下が左右に伸びていた。
 見張りの男はいなかった。サワヤがうまく言いくるめたらしい。
 廊下には、青い絨毯が引かれていた。壁は一面が白い。
 周りを見渡したアレクが、口を開いた。
「ナンダカ……」
 空気が、おかしい気がする。ざわついてささくれ立っているようだ。
 それとも、これがここの正常なのだろうか。
「どうしましたか?」
 サワヤがアレクを見上げる。
 瞬間湧き上がる、罠かもしれないという思いを、アレクはかろうじて押し込めた。
「こちらに行けば、裏口に出ます。……お気をつけて」
 アレクに道を指し示すと、サワヤはアレクの手を離した。
 壁に手をつきながら、アレクが歩き出す。数歩進んだところで、アレクは立ち止まった。具合が悪いのだろうかと、サワヤが心配する。
 しばらく肩で息をしてから、アレクは初めてサワヤの名を呼んだ。
「サワヤ」

「アリガトウ」

 サワヤの顔に満面の笑みが広がった。
「あなたに、神のご加護がありますように!」
 サワヤの言葉に、アレクが肩越しに微笑む、その瞬間だった。
 ヒュウ、と空を切る音がした。
 続いて、ごとりと鈍い音。
 ただならぬ気配に、アレクが体ごと振り返る。
 アレクに感謝の祈りを捧げた姿勢そのままに、サワヤが倒れていた。切り離された胴と首から溢れた血が、絨毯を赤く染めていく。
 その後ろに立つ男に、アレクはどこまでも見覚えがあった。
「なんだ、思ったより元気そうだな」
 長い指先に、銀の糸が絡みつく。
 ルビーのように滴るそれは、サワヤの血だった。
「……セレン……」
 乾いた喉から、ようやく男の名を呼ぶ。
 掠れたその声に、セレンは満足そうに目を細めた。


【第20話・END】
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