DTH3 DEADorALIVE
第22話「勇気の代償」
震えるサラの手を握り、大丈夫だと呟いたカトレシアは、後ろを振り返った。
見慣れたG&Gの配達ワゴン、その屋根にダルジュの姿が見える。
「ダルジュさん……」
「え?」
思わず呟いたカトレシアの声に、サラが顔を上げる。
彼女の視界の中で、ダルジュは唇を舐めた。三白眼が狙いを定める。
当然のように構えられた拳銃は、その役目を忠実に果たした。
吐き出された弾丸が、空を割き、カトレシア達の乗る車のタイヤを撃ち抜いた。
タイヤのゴムが捲れ上がり、ホイールが車道に触れる。
「きゃあ!」
突然の振動に、カトレシアはサラを抱きしめた。
「ハンドルが効かない!」
「ち!」
信徒の叫びにラスティンが舌打ちする。
急ブレーキの音が響くと同時に、壁にぶつかった衝撃が襲う。その衝撃から幾ばくも立たないうちに、カトレシアはサラの手を引いて車中を飛び出していた。やみくもに、そばに口を開いていた路地に飛び込む。
「やった!」
クレバスが歓声を上げる。ブレーキを踏むと、フロントガラスを蹴ってダルジュが飛び降りた。クレバス達の眼前で、サラとカトレシアが路地に逃げ込んでいく姿が見える。続いて、追いかけていくラスティン達の姿。
クレバスが慌てて車を降りる。
「待ちやがれ!」
ダルジュが追っ手に向け、銃を構えるのが見えた。瞬間、クレバスの顔色が変わる。
先ほどの惨状を思い出したのだ。あの二の舞は御免だった。クレバスが顔を歪め、手の中に鋼糸を躍らせる。
「クソが!」
ダルジュが銃を放つよりも先に、クレバスの鋼糸が光った。わずかに頬を掠めたその感触に、ダルジュが目を見開く。
鋼糸は音もなく街灯を切り倒した。
切られた街灯の支柱が、二人の信徒に覆いかぶさる。バランスを崩し、倒れた彼らを手早く縛り上げながら、クレバスは言った。
「縛ってそこらへんに転がしておくから。それでいいでしょ?」
ダルジュが気に食わないという顔でクレバスを一瞥する。
「好きにしろ」
「うん」
クレバスは曖昧に微笑んだ。
カトレシアは息を切らしながら、雑然と積まれたダンボールの影に身を潜めた。立ち込め始めた朝もやのおかげで、視界がいいとは言えないようだ。追っ手の足音がすぐ横を通り過ぎていった。
カトレシアが胸を撫で下ろす。
「大丈夫ですか?」
同じく肩で息をしているサラに声をかける。サラは怯えた瞳でカトレシアを見上げた。言葉にならないままに頷く。
ああ、でも。
「私が……行かないと、アレクさんが」
なけなしの理性がそう呟いた。
固く目をつぶる。全身が小刻みに震えている。
その様子を見たカトレシアは、唇を噛み締めた。
あの人達は、これ以上何を求めているのだろう。こんな小さな少女に。
「そんな状態で、あなたを行かせることはできませんわ」
カトレシアは決然と告げた。
「ねえ、サラさん」
優しくサラの頬に触れる。カトレシアは微笑んだ。
「私達――遠目からなら、よく似ていると思いませんか?」
うろついていた白装束の肩を遠慮なく撃ち抜いて、ダルジュは荒い息を吐いた。視界を遮る霧が、ダルジュの不機嫌に拍車をかける。
「チッ、どこにいやがる」
気のせい、ではなく信徒の数が増えている。支部が近くにあるとクレバスが言った。増援を頼んだに違いない。
ダルジュは無言で視線を走らせた。
心なしか、空気が殺気立っているような気がする。元々狂気に近い場所にいる奴等だと思ってはいたが、肌に伝わるこれは殺意だ。明らかに、先刻までの気配とは違う。
支部には、セレンがいた。
どうせロクでもないことをやってくれたに違いないとダルジュが舌を出す。いつだってその尻拭いは自分に回ってくるのだ。
「ダルジュ」
クレバスが小走りにダルジュに駆け寄った。
「霧が出てきたね」
「ああ」
ダルジュが白い視界に目をこらす。クレバスも油断なく辺りを伺った。
空気が停滞しているように動かない。
ラスティン達もこの霧の中にいるのだ。カトレシア達を見つけられず、かといって下手に動けば場所を気取られる。どこかで、身動きできないでいるに違いなかった。
このまま動いてくれるなよ。
ダルジュは無意識にカトレシアのことを思った。
もう少し陽が昇れば街が動き出す。彼らも手を引くだろう――ダルジュはそう踏んでいた。
均衡を崩したのは、けたたましいサイレンの音だった。
白い霧の中に、複数の赤い光が走り抜ける。パトカーが何台も傍の通りを駆け抜けていったのだ。
「なに!?」
その数に、只事ではないと感じたダルジュが振り返る。あの死体の山が発見されたのだと、クレバスは思った。
空気が動いた刹那、霧の中をひとつの人影が飛び出した。
小さな小さな人影が、頼りなく走っていく。
「いたぞ!」
ラスティンの声が響く。
「サラ!」
クレバスが駆け出した。
「馬鹿、そっちじゃねぇ!」
ダルジュの声にクレバスが足を止める。ダルジュは、人影が飛び出したダンボールに近づいた。
飛び出した影はひとつだった。
ならば。
「おい、大丈夫か」
そこにいるであろうカトレシアにダルジュがぞんざいに声をかける。中には、小柄な女性がひとり、うずくまっていた。
その顔を見たクレバスが意外そうな声を出す。
「……え? サラ?」
サラが怯えた表情で顔をあげる。
その足元には、不揃いに切り落とされたカトレシアの金髪が散っていた。
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