DTH3 DEADorALIVE

 愛着のある場所ではなかった。
 自分でも驚くほど冷めた目線で、その全てを見ていたはずだった。
 パトカーに囲まれたアリゾランテの支部の前で、ラスティンは立ち尽くした。
 白い壁に赤と青のランプが反射している。普段は物静かな木立に囲まれた庭に、遺体が並べられている。その数は片手では足りない。両手でも、足りなかった。
 かけられたシートの端から、腕がはみ出していた。肥満気味なその指を、ラスティンは知っていた。受付にいた中年男だ。いつも愛想よく笑い、鬱陶しいほどに挨拶してくる。いいや心底鬱陶しい存在だった――少なくとも、そう思っていたはずだ。
 今の今までは。
「ラスティン様!」
 信徒の一人が駆け寄ってきた。
「これは……なんて、ひどい」
 ラスティンが口を押さえる。手が震えるのを止めようがなかった。
「なにがあったんです?」
 ラスティンの言葉に、信徒はただ首を振った。
「わかりません。早朝、何者かが侵入した形跡があるとしか……その時間にいた人間は、皆……」
 女性である信徒が声を詰まらせる。ラスティンはその肩をそっと抱いた。
「なぜこんな……こんな」
 嗚咽にあわせて肩が上下する。その振動を感じる度に、ラスティンの中で何かが冷えていった。
「神よ……!」
 信徒が叫ぶ。
 それが祈りなのか非難なのか、ラスティンには判別できなかった。
「彼らの眠りが安らかにあらんことを」
 お決まりに近いセリフを吐いて、ラスティンは信徒の体を手放した。傍にいた男性信徒についているよう声をかける。
 庭の死体を一瞥して、ラスティンは大股に歩き出した。
 青い絨毯が血を吸って変色している。血の流れが、そのままラスティンの行き先を示しているようだった。
「……!」
 目的が同じなのだ。
 ラスティンは気付いた。
 早朝の侵入者。その目的がなんだったのか、ラスティンはようやく理解した。この先にある小部屋に閉じ込めたアレクのことが脳裏をよぎる。
 たかが、あの男一人のために……!
 無意識に歯軋りした。
 途中何度か刑事に声をかけられた。身分を告げ、足早に歩き去る。血の回廊は角を曲がるたびに現れ、そして、渡り廊下の先に一段と大きな染みを作っていた。
 ラスティンの足が止まる。
 アレクを閉じ込めていたはずの部屋のドアが開いている。その手前に、まだ湿度を保っている変色した絨毯があった。
 出血の量が今までの比ではない。壁にペイントされた赤の染みは黒く、天井にまで飛沫が届いていた。
 立ち尽くすラスティンの傍に、警官が駆け寄った。
「あそこでも一人」
「首を切られて」
「男性が」
「犯人に心当たりは?」
 情報は断片的にラスティンに届いていた。
 顔が青ざめる。肩が震える。
「具合が悪いのですか? 無理もない」
「いいえ……」
 わななくように唇から言葉が漏れた。
 怒りで青ざめるなど、初めての経験だった。
 いつだって先手を打ってきた。後手に回るなんてことは一度もなく、だからこそこれまでダイアナのボディガードや彼女が頼った探偵達を葬ることが出来た。
 それが――
 今の惨状は何だ?
 サラを逃し、ダイアナは行方不明。おまけに庭まで荒らされた。
 ラスティンが口元に手をやる。
 押し上げてくる笑みを、こられようがなかった。
「……く……」
 噛み殺した笑いは、嗚咽に聞こえたようだ。

 ここまで馬鹿にされたのは初めてだ。
 いいだろう、負けを認めよう。
 今は――今だけは。

 うっすらと開かれたラスティンの瞳が青く輝く。そこには、復讐の光が宿っていた。


 指先に湿った感触を覚えて、セレンは目を開けた。
 うたた寝していたソファで身を起こす。
「お前か」
 セレンの指先をひと舐めした子猫が嬉しそうに声を上げた。業を煮やした管理人がドアから放り込んだのだろう。自分のテリトリーに戻ったことで、安堵しているのが表情から知れた。
「嬉しそうだな」
 立ち上がると、子猫はセレンの後をついて回った。純白のしっぽがぴんと立っている。ちっとも汚れていない毛並みを見て、意外とあれは動物も管理上手だったのだなとセレンは感心した。
 猫用のトレイに水を入れてやる。嬉しそうに舌をつけた子猫は、すぐに身を起こした。
 耳を澄まし、辺りを伺う。
「わかるか?」
 セレンが優しい声音で聞いた。
「誰かの殺意だ。私を殺したいと願っている」
 口元に微笑を描く。
 それを見た子猫は不思議そうに小首をかしげ、再び水を飲みだした。


第23話 END
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