DTH3 DEADorALIVE

 路地裏の煤けたビルに入り込む。空きテナントが多く、廃れたその場所は、荒廃ぶりを指し示すかのように埃まみれだった。とうに日は昇ったというのに、薄暗い。夜がまだしがみついているような風情だった。
 階段に腰を下ろしたところで、アレクは一息ついた。
 じっとりと陽気に汗ばむ。肩の傷が疼くように痛んだ。
 眉間に皺を寄せ、唇を噛み締める。わずかに呻き声が漏れたところで、あたりにいる者は誰一人アレクに声をかけようとはしなかった。
 日陰の住人達の無関心は、こんな時にありがたい。
 息を潜め、思考を巡らせる。
 アレクが初めて人の死に触れたのは、物心がつきはじめた頃だと思う。近所の老人が亡くなった。母が泣いていた。どうして泣くのかと問う幼いアレクに、母は答えた。
 その声音がひどく優しかったことを覚えている。
「おじいちゃんはね、遠いところへいったの」
「とおいところ?」
 小首を傾げるアレクに、母は空を指差した。
「あの人はね、死んで神様になったのよ」
 なぜか、その言葉ばかりがアレクの中を駆け巡った。


第24話「神様は不在」


『とても素敵な貝殻の宝物を見つけたピッチは、灯台の岩場にこっそりとそれを隠しました。
「これは、ひみつ。ピッチとナーニャだけのひみつよ」
 ピッチが言うと、ナーニャもこくんと頷きました。
 二人だけの秘密。
 宝物は、海を渡った先にある。
 この真っ白で大きな灯台が目印だと、ピッチは言いました。』

「馬鹿みたい」
 うんざり、と言わんばかりの表情でダイアナは呟いた。
「なにが?」
 ハンドルを握ったままの英雄が問う。視線は道の先を見たままだった。
「あの絵本。思い返してみればなんのことはないわ。別荘地をモデルにしてたんじゃない」
 本当に馬鹿みたい、と呟いてダイアナは深いため息を吐いた。
「まさかと思ってからずっと考えてるけど、考えれば考えるほどドツボ。灯台……はなかったけど、海辺にアリゾランテの記念碑があったわね。あの下ってことかしら」
 真っ白な記念碑を、祖父に連れられて見に行ったことがある。青い空に、青い海。太陽の光を反射する記念碑は、そびえ立つ塔のようだった。
「なんで毎回見せるのかと思ったら……ああ、そう」
 忌々しげにダイアナが頭を掻く。今まで気付かなかった己を呪っているようだ。
「世界を救い、滅ぼしもする遺産?」
 英雄がちらりとダイアナを横目で見た。
「中身は知らないけどね」
 ダイアナが自嘲した。そんな得体の知れないもののために、自分もサラもこんな目にあっている。そう考えると、いざ天国に召された時、祖父に拳をくれてもお釣りが来そうだった。
「おおよその見当は?」
 英雄がハンドルを切る。
「さっぱり。あ、行き先まだ言ってなかったわね」
 ダイアナがひとつの地名を告げた。英雄が了承する。
 なにか言いたげな視線を感じたダイアナが顔をあげる。
「なによ?」
「いいや、別に」
「いやね、その言い方。なんかあるなら言いなさいよ」
 不機嫌を隠そうとしないダイアナが眉を潜める。そうは言っても整った顔立ちだと、英雄は場違いな感想を抱いた。
「ちょっと、心当たりがあってね」
 英雄は独り言のように呟いた。
「遺産の?」
 なんであんたが、とダイアナが口にする。
「救いもし、滅ぼしもする……か。まあ、当てはまるけど」
 でも、僕が言うんじゃね、と言いながら英雄は流れ去る景色の看板を確認した。
「まだ決定打ってわけじゃないな。確信したら言うよ。でも当たったら、ろくなもんじゃない」
「今すでにロクな状態じゃないわよ」
 ダイアナが大袈裟に肩を竦める。
「違いない」
 英雄が苦笑した。アクセルを踏み込まれた車は、目的地に向けて加速していった。


 サラにとって、バイクに乗るのはこれが初めてだった。
 クレバスの背にしっかりと身を寄せ、腰を抱く。クレバスが気を使いつつ運転しているとはいえ、ジェットコースターを初めとする絶叫系マシーンが苦手な彼女にとって、この乗り物は天敵といって差し支えない代物だった。
「大丈夫?」
 時折クレバスが声をかける。頷くのが精一杯だ。
「絵本の話だけどさ――」
 風の中でクレバスの声がした。
「え?」
 サラが顔をあげる。
「灯台の下に、宝物が埋まってるってヤツ。あれさ、アリゾランテの記念碑のことじゃないよね?」
 クレバスの言葉に、サラが目を見開いた。
「え……っ」
「ほら、地形とか条件とか。オレ、アリゾランテの支部とか土地とか一通り調べたんだけど、すげー似てんの。だからもしかしてそうかなーって」
「クレバスさん!」
 サラがぎゅっとクレバスを抱いた。一瞬バランスを崩しそうになったクレバスの額に、冷や汗が滲む。
「わ、サラ、危な……!」
「す、すみません。あの、でも、そうかもしれない……っ」
 サラが慌ててクレバスの背に顔を伏せる。
 どくどくと早鐘のように心臓の音がする。伝わる鼓動は自分のものか否か、サラにはわからなかった。
「じゃあ、とりあえず行ってみよっか。英雄もいるかもしれないし」
 クレバスはにこやかに告げた。
 地図は頭に入っている。英雄に言いつけられて調べていたのが功を奏した。
 あの時間も無駄じゃなかった。クレバスは妙なところで感心した。
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