DTH3 DEADorALIVE

 ついこのあいだまで神聖な祈りの場であったアリゾランテの支部は、今や凄惨な事件現場と化していた。
 黄色のテープが至るところに張られ、ごった返す警官達で足の踏み場もない。白い壁に赤と青のライトが目まぐるしく回転している。
 怒声にも似た鑑識の声は、奥にある幹部達の部屋まで届いていた。
「なんということだ……」
 頭を抱えた楊がソファに座り込む。
「我々が出ている間に、こんな……」
 なぜだ、と指の隙間から呻く声がした。
 テーブルに肘をついたまま、唇に手を押し当てたラスティンは答えない。ラスティンが捕らえていたアレクを仲間が助けに来たのだと、告げる気にはなれなかった。
 伏せた顔の影から、冷徹な光を放つ瞳が覗く。
「こちらの始末は、私に任せてください」
 ラスティンは楊に告げた。
「侵入したのが何者なのかはわかりませんが、こうなってはダイアナ様とサラ様の身も心配です。もし、アリゾランテに恨みがある者であれば、彼女達も無事では済まないでしょう」
 ラスティンの言葉に、楊の顔色が変わる。確かに、始祖の孫娘である彼女達は絶好のターゲットになるだろう。侵入者の目的がアリゾランテにあれば、の話だが。
「そんな……!」
 焦りを表すように、楊は立ち上がった。
 普段冷静な彼が、ここまで取り乱すのは珍しい。淡々と教義に基づいて動いている男、という印象をラスティンは心の中で修復した。
「楊は、彼女達の“保護”をお願いします。私は――」
 ラスティンは立ち上がった。窓からブラインド越しに庭の様子がよく見える。
 すでに遺体は搬送され、あたりには警官達があふれていた。その様子を見たラスティンの目が細められる。
「迎えねばならない客がいますから」


 不変というものがあるのなら、この景色のことを言うのだろう。
 ダイアナはそう思った。
 幼い頃、祖父に連れられて遊びに来た思い出そのままに、海岸はその外見を変えることなくそこにあった。白い砂浜に続いて、岩場が遠目に見える。その先に、白い記念碑が立っているのが見えた。
 祖父、ダイアンの別荘地。その近くの海岸に辿り着いたのだ。
「あれが?」
「ええ、そう」
 潮風に髪をなびかせながら、ダイアナが頷いた。見惚れるばかりのプロポーションを海風がさらしても、それを賞賛する人間はここにはいない。ワンピースのスカートが多少めくれたところで、英雄は顔色ひとつ変えなかった。
「つまらない男」
 ぼそりとダイアナが毒づく。英雄は聞こえないふりをした。あるいは本当に聞こえなかったのかもしれない。
「ふーん、あれが、ねえ」
 しげしげと白い記念碑を眺めながら、無感動に近い感想を漏らす。
「歩いていったほうが早いか」
 堤防の段差を一気に飛び降りて、英雄は振り返った。ダイアナに向けて、手を差し出す。
「どうぞ。お姫様?」
「嫌味ね」
 結構よ、と言い捨てたダイアナがヒールを脱ぐ。片手でそれを持つと、一思いに砂浜に飛び降りた。舞い上がった砂に、英雄がむせる。
「これ持って」
 無造作に投げられたヒールを、英雄が抱きとめた。ダイアナの裸足に砂の熱が伝わる。
「……熱くないか?」
「別に」
 片手を振ったダイアナが、さくさくと砂浜の上を歩き出した。数歩もしないうちに、その歩みが止まる。背中からでもその不機嫌さがわかる。英雄は嘆息した。
「ほら」
 火傷するだろう、と言いながらヒールを差し出す。ダイアナは憮然として受け取ろうとしなかった。
「ダイアナ」
「履かせて」
 ダイアナが片足を上げる。英雄は怪訝な顔をした。
「僕は君の下僕じゃないんだが」
「依頼人が困ってるのよ」
「そういうの、横暴って言うんだ。仕事の範疇じゃないね。趣味でもないし」
「サービスで利かないの?」
「あいにく」
 言うが早いか、英雄はダイアナの足元にヒールを置いて歩き始めた。
 その背を見たダイアナが、怒りのままに顔をむくれさせる。適当に足を突っ込んだまま、つかつかと英雄に歩み寄ろうとし、
「ちょっと、あんたね……!」
 砂に足をとられてその場に転んだ。
「きゃあ!」
 尻餅をついたダイアナの悲鳴に、英雄の足が止まる。
 振り返ったその顔は、「なにやってるんだ」という無言の非難がありありと浮かんでいた。
「子供じゃあるまいし」
 はあ、とため息をついた英雄が屈みこむ。
 ダイアナの足にひっかかったヒールの砂を落とし、ついでに足についた砂も払ってやる。それからヒールの留め金を面倒くさそうに留めた。
「初めからそうすればいいのよ」
 謝るどころか英雄が悪いと言わんばかりの態度に、英雄は心底あきれた。
「あのな、君は……」
「ねぇ」
 尻餅をついた姿勢のまま、ダイアナは呟いた。乱れた髪を直そうともしない。
「本当に神様っていると思う?」
 いつになく真剣なダイアナのまなざしを受けて、英雄は咽元まで出かかった苦情を飲み込んだ。
 代わりに口を出たのは、別の言葉だ。
「いいや」
 英雄は即答した。
「僕の世界に、そんな人はいないな」
 祈ったことも呪ったこともあるけれど。結論すべきなら、「不在」。英雄はそう考えていた。
 神がいようといまいと、結局は自分達でどうにかするしかないのだ。
「だから面倒でも自分で行かなきゃ。ほら」
 英雄が手を差し伸べる。
 ダイアナは素直にその手を取った。
 砂浜の向こうの岩場で、白い記念碑が二人を待っていた。


第24話・END
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