DTH3 DEADorALIVE
第27話 「コドモの理屈」
銃口はぴったりとクレバスの胸に狙いを定めていた。クレバスが敵意をこめた視線でその暗い淵を睨む。
「サラ様、この先は危険です。どうか、我々にお任せ下さい」
楊の言葉に、サラが震えた。ラスティンに囚われたアレクのことを思い出す。
あの人たちは、なんでもやる。
きっと、この人を巻き込むことも厭わない――
サラがこわごわとクレバスを見上げた。サラを守ろうと、微動だにしない背中。そんなクレバスが傷つくことを想像するだけで血の気が引いた。
「大丈夫、サラ」
クレバスが後手に鋼糸をはためかせる。そのわずかな輝きを見たサラは、一歩踏み出していた。クレバスと楊の間に立ち、必死で訴える。
「その銃を下げて! この人は関係ないわ」
「サラ!」
クレバスが抗議の声をあげる。サラは振り返ろうとしなかった。
「おわかりいただけて何よりです、サラ様」
楊が優しげな笑みを浮かべて、銃を下げた。が、周りの信徒達は依然として銃口をクレバスに向けたままだ。
「サラ様はご存知ないでしょう。今朝方、アリゾランテの支部が何者かに襲撃されました。……死者も大勢出ています。事態は、最早あなた方ご姉妹に収拾できる状態ではないのですよ」
だから我らにお任せ下さい、と楊は重ねて申し出た。
誰のせいだ、とクレバスが毒づく。
楊が言っているのは、セレンの仕業のことだろう。事態の収拾がつけられないのはそちらも同じ、むしろ悪化させたいのかと言ってやりたかった。
目の前に、サラが立ちはだかっていなければ。
「サラ」
やや非難の色を強めて、クレバスが口を開いた。
そんなに自分は頼りないのだろうか。鋼糸を繰る手に、無意識に力が篭る。
「ダメです」
殺気立つクレバスの気配を感じてか、サラは答えた。
「もう、誰も……傷つくのは、イヤ」
小さく俯く、震える肩。唇を噛み締めたその表情が容易に想像できるような気がして、クレバスは手の中の鋼糸を収めた。
苛立ちをぶつけるように、すぐ横にある扉を睨む。なぜもっと早く辿り着き、これを開けることができなかったのか。
いいや、つけられていることに気付かない自分こそ迂闊だった。他者の存在を感じていたのに、なんの対応もとらなかった。自分が悪い。クレバスは無意識に奥歯を噛み締めた。
英雄が知ったら、なんと言うだろう。
呆れたような英雄の表情が目に浮かぶようだ。気持ちのやり場が、まるでない。
「ご安心下さい、サラ様」
ゆっくりと楊が降りてきた。射殺さんばかりの視線を送るクレバスを無視し、サラの前で膝をつく。
「我らがお守りします」
いやだ。
サラは胸元で重ね合わせた手で銀貨を握り締めた。
この場所から、逃げてしまいたい。
今まで何度そう思っただろう。そして、何度そうしてきたのだろう。
その度に、誰かが傷ついた。
もう終わりにするのだ。今度こそ。
「楊」
取り乱す心とは裏腹に、サラの口から冷えた声が漏れた。
「……これを」
震える手で、全ての元凶である銀貨を差し出す。
『世界を救い、滅ぼしもする遺産――』
『私は封じてしまいたいの』
『誰かを救うチャンスがあるのに?』
ダイアナの声が蘇る。
サラの瞳が揺れた。
だって私は、お姉ちゃんほど強くない――
なにもかもをなんて、守れない。
今のサラにとって、クレバスに危害が及ばないようにするには、これしか考えられなかった。尤も、銀貨を差し出したことで完璧に安全になれるとは信じがたいが。
楊がうやうやしく手を差し出す。
その指先に銀貨の先端が触れる直前、耳障りな金属音と共に銀貨が宙に舞い上がった。
「な!」
楊とサラが呆然と銀貨を見上げる。銀貨は光の乏しい洞窟内でも煌きを保ちながら、空中でくるくると小気味良く回転した。
銀貨を掬い上げた細く長い光の軌道が、間髪入れず階段の上にいる信徒達に向かっていく。
サラが瞬きをするそのわずかな時間に、信徒達が手にした銃が切り口も鮮やかに切断される。
「サラ、走れ!」
クレバスが叫んだ。
手を引かれるままに、サラがよろめく。クレバスに背を押され、階段に向けて駆け出した。後に続いたクレバスが、宙に浮かんだままの銀貨を鋼糸の先にある錘で弾く。二度、三度。空中でラップを踊る銀貨は、クレバスの手の中に収まった。
「貴様!」
楊が懐から銃を抜く。
クレバスが再び鋼糸を走らせた。
楊の手から弾かれた銃が零れ落ちる。
「どけ!」
階段上に立ちふさがる信徒達の目前に鋼糸をはためかせる。彼らが一瞬怯んだ隙に、サラとクレバスはその隣を駆け抜けた。
サラを走らせたまま、クレバスは数歩上ったところで立ち止まった。片足を踏み出したまま、ゆっくりと振り返る。
「クレバスさん……?」
異変に気付いたサラが立ち止まる。眼に飛び込んできたのは、階下からクレバスに銃を向ける楊の姿だった。
クレバスの視線が、真っ直ぐ楊に向けられる。普段の彼からは想像もつかないほどの冷ややかな視線。その片鱗を、サラは気配から感じ取った。
「銀貨を渡せ……!」
押し包むような殺意を隠す様子もなく、楊が唸った。
「いやだ」
まるで駄々をこねる子供のような口調で、クレバスは答えた。
「死にたいか!」
楊の指先が今にもトリガーを引きそうだ。サラは青ざめた。
「クレバスさん……!」
口元を押さえたサラが、小さな悲鳴をあげる。
「サラ」
サラに背を向けたまま、穏やかな声でクレバスは告げた。
「大事なものなら、手放しちゃいけない」
クレバスの指先がわずかに動く。鋼糸が煌いた。
「絶対だ!」
クレバスが腕をかざすと同時に、サラの視界に光が走る。次の瞬間、銃声が響いた。続いて、轟音。
螺旋階段が、信徒達とクレバスの間から音を立てて崩れ出す。支柱が鮮やかな切断面を覗かせながら、落ちて行く。階段もそこにいた信徒達も、重力に逆らうことなくフロアへと落下して行った。
階段を襲う揺れにふらついたサラに、クレバスが叫ぶ。
「行くぞ!」
サラの肩を抱き、クレバスは階段を駆け上がった。階段の崩壊が、下から徐々に足元に迫ってくる。それよりもかろうじて早く、二人は走り抜けた。
「く……!」
崩れ落ちてくる支柱の合間から、楊が銃を構える。
二度目の銃弾は、クレバスを掠めることすらできなかった。
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